月別アーカイブ: 2013年7月

panda編集、手間取っております。

パンだよりの編集、今日までに終わるはずでしたが、イラストのレタッチで手間取っていて、まだ終われずにいます。
下の娘と交替しながら、昨日からずっとPCは稼働しっ放しです。
今も、下の娘が続行中。
PCが空かないので、ブログを書くのも予備機のPCを使って・・・。

明日はパン焼きで朝が早いので、私はもう間もなく寝なくてはなりません。
どうやら終了は、明日以降に持ち越されそうです。
ではでは、これにて。

未来を想う心

未来を想う心

今は亡き父が50年前に買って残してくれた、わずか5aの山林。
私の代では、当然ながら収穫にはなりません。
この子たちのさらに一世代先に想いを馳せて、手入れをします。
2007年、二回目の間伐を終えた直後。


今の私たちにあるだろうか・・・?
即ち、未来を想う心が・・・。

山に木を植える。
それが育って、立派な木材として伐り出されるのは、50年後かあるいは100年後の話だ。

それまで、何もしなくて良いわけではない。
かける手は数限りなくある。
下草刈り、ツル払い、枝打ち、間伐等々。
そしてそれらは、その場で報われる仕事ではなく、未来を想ってする仕事なのだ。

一方我々は、100年前先人が植えた木を伐りその恩恵に浴することが出来る。
この時我々は、未来を想って先人たちがしてくれた仕事に、厚い感謝の気持ちを覚えるだろう。

だからこそ、我々は未来に向かって無償の仕事を喜んですることが出来るのだ。

未来を想うことは、同時に過去を想うことでもある。
我々は、時間の流れの中にいて、過去も現在も未来も皆、密接に関わり合っているのだ。

想像力を失くした現代人が、今のことだけに捕らわれていると揶揄されるけれども、実は今一瞬のことにさえ想いは至っていないのだ。
考えて見てもらいたい。
今と言う時間だけを切り取ることは出来ないのだから。

21世紀の今、我々はもう修復出来ないかも知れない程に自然を破壊してしまった。
それを、これから先を生きる人たちに残すことになった、ということだ。

経済がどうしたというのだ。
豊かになったと言うが、莫大な借金を、後の世代に付け回すだけの話ではないか。

そして、壊れた原発は、まき散らされた放射能は、どうするのだ。

もういい!もういい!止めようではないか!こんな恥さらしな所業は。

雨の一日、静かな一日

このところずっと雨模様です。

昨日は、ありがたいことに少し晴れ間が見えましたが、今日はもう一日雨模様です。
今もまた降っています。

どうやら日本列島の広範囲で雨のようですね。
洪水の被害も出ているようで、大変です。
被害に合われた方々、本当にお気の毒、心よりお見舞い申し上げます。

さて本日の食工房は、ご来店のお客さまも少なく、静かな一日で終わりました。
造り仕事も順調に終わったので、残った時間で作業場の掃除や道具の清掃など、日頃手が出せないところまで少し出来ました。

夕方、止み間を縫って畑を見回って来ましたが、鳥獣の害はなし。
水不足はない代わりに、こんどは日照不足ですね。
照っても降っても恵みに・・・、難しいですね。

ところで先日のライ麦は、脱穀乾燥が終わって、ただ今残留放射能の検査中です。
結果が出たら、ご報告申し上げます。

ともあれ明日は定休日、ゆっくり休ませていただきます。
panda編集はやりますけど。

野生と対峙することも・・・

畑

一見、緩く頼りなく張るのがコツ。
絡まって来そうで、上ることは出来ません。
カラスの被害もあるので、この上に水糸を張り巡らせます。


自然を大切に、もちろん異論はありません。
動物愛護、これも基本的には賛同します。

しかし、丹精した作物に手を出す鳥や獣たちに対して、無抵抗と言うわけには行きません。
被害に合っても、買えばいいじゃない・・・と、それが出来ないわけではありませんが、それはどこか間違っていると私は思います。

畑で作物を作ることは、ある意味こちらも命がかかっていると思っています。

今日は、このあたりで「マミ」と呼ばれているアナグマ対策のために、とうもろこしの周りに網を張り巡らしました。
まあ、これは中では一番消極的防御です。
まあこの程度でも、かなりの効果はあります。

これが、イノシシや熊やはたまた猿相手ともなると、とてもこんなことでは立ち撃ち出来ません。
徹底防御するか、耕作放棄するか、どちらか一つと言うことになります。

野生の獣たちに対し、人は、何の努力もすることなく優位でいられるわけではありません。
呑気に構えていては、生存が脅かされることになります。
その緊張感は、山間の小集落に暮らして見れば、すぐにも実感となります。

本来、人は弱い生き物です。
代わりに智恵を授かりましたが、これは使い方次第で我が身を滅ぼすこともある道具です。

人もまた野生の中で生かされる道が、かつてはあったわけで、そのためにこそ智恵は役立てるべきものと、私は思います。
この大自然の中で、人もまた野生の一角にいることを自覚し、折り合いをつけて行く道があると思っています。

先ずは、野生の中に身を置くこと。
恵みを分け合うこととはどういうことか、それを学ぶこと。
そして、時に対峙することも辞さない覚悟は、是非とも必要だと。


百姓市、ご来店ありがとうございました。

この場を借りて、ご来店くださいました皆さま方に感謝を申し上げます。
引き続き、来週もまたよろしくお願いいたします。

明日も、百姓市をよろしくお願いします。

百姓市

出店者が多くなり、テントの数が増えました。


百姓市

百姓市の総元締め、大ちゃん。
似合ってますね!このスタイル。


百姓市

山都町の有機生産者の大御所、大江さん(奥さま)
品揃え、品質、皆のお手本になってます。


百姓市

チャルジョウ農場の研修生も参加です。


百姓市

前掛けがかっこいい!浅見さん。


百姓市

こちら食工房、宮下店長がお待ちしております。


出店者がまた増えて、一段とにぎやかになりました。
百姓市は、生産者とお客さまの遠慮のない交流の場になりつつあります。
おしゃべりが楽しくて、長居する方も沢山いらっしゃいます。

そこで食工房では、コーヒーを無料サービスしています。
試食品のお菓子など召し上がりながら、ごゆっくりお過ごしください。

テーブルも椅子も用意しております。
もちろん、雨に濡れない小屋の中で・・・。

もっとも、明日はお天気大丈夫のようですね。

ぜひぜひ、山都町相川の百姓市へ!
皆さまのお出でを、一同、心よりお待ちいたしております。

百姓市・地理のご案内


より大きな地図で 百姓市と食工房 を表示


pandaの編集です。

これから、数日の間に仕上げるつもりです。
ではでは。

畑に癒され、力づけられる日々

畑

じゃがいもが、まだこんなに青々しています。


畑

ピーターコーンが、しだいに食べごろに近づいています。


畑

かぼちゃが、ご覧のとおり!
かぼちゃあんぱんまで、あと何日?


畑

2.5mにもなったでしょうか。
ペルーのとうもろこし
花が咲くのは、まだまだ先です。


畑

娘は、ひまわりも植えておいたんですね。


畑

スイカも・・・。
これも、甥や姪たちを喜ばせたいと、娘が植えたものです。


いろいろ思うこと、言いたいことはあるけれど・・・。

これからの日本のことだったり、福島の現況のことだったり、食工房、どうする?だったり・・・。

でも今は、みんな心の内にしまって置きます。

それより、畑に行って野菜の世話をしてきます。

山暮らしをしていた時もそうでしたが、草木を眺め土に触っていると、地球が見えるんですよ!
世界が見えるんです。
そして、大切にしなきゃならないものは何?イノチって何?そんなことが皆分かっちゃうんです。
おまけに、おいしいものがいただけるんです。
ありがたいですねぇ。

人生の結論なんて、とっくに出ているのかも知れません。

食工房の酵母種

天然酵母

タンクの中で、盛んに泡を吹く酵母種


今日は、酵母のお話しです。

パン屋にとって一番大事なもの、それは酵母種です。

もっとも今は、工業的に製造されたイーストが主流で、これは供給を外に頼るわけですから、大方のパン屋にとっては、一番大事なものではないかも知れません。
しかし我が食工房のように、自家培養のパン酵母を使うパン屋にとって、酵母種は命の次に大事なものに違いありません。
これがなかったら、そもそもパンが焼けません。
そして、そのパン屋の風味や食感などの特長を決定づけるのは、先ず第一に酵母種です。

私が初めてパンを焼いたのは、22歳の頃でした。
この時はドライイーストを使いました。
その後、天然酵母というものを知り、酵母が自然界に普遍的に存在するものであることを教えられ、それなら自分で酵母種を造ることも出来るわけだと、持ち前の好奇心から研究が始まりました。

身辺に詳しい人がいるわけでなく、世の中にもほとんど情報はありませんでしたから、独学で直感だけが頼りという心許ない研究ではありましたが、最終的には「酵母種は、いつでもどこでも、どんな材料からでも造り出せる。」という確信を得るに至りました。
もっとも、これは当然の帰結ではあったのですが・・・。

それで今食工房で使用している酵母種はというと、かれこれ25年くらい前になりますが、私が家族と共に阿武隈の山中で山暮らしを始めてすぐの頃、沢の水に小麦粉を溶かしただけ、という簡単な仕掛けで抽出した酵母種が出発点です。
そこから、沢の水と小麦粉と少量の糖分と塩を足しながら、培養し続けているのです。

今はもう、現地の沢の水は得られませんから水道水を使っていますが、一度活力を得た酵母種は、元の沢水でなくても十分活発に増殖します。
そして繰り返し増殖培養することにより、雑菌は淘汰されて純粋な酵母種になって行きます。

で、自家培養酵母種で面白いのは、酵母と共生している乳酸菌のバランスをコントロールすることにより、出来上がるパンに様々な風味と食感を与えることが可能だということです。
例えば、食工房でプンパニッケルに使用しているザワータイクという専用の酵母は、元は先ほど来お話しして来た、同じ沢水由来の酵母です。

一方、あんパンやカネリプッラも同じ酵母です。
違うのは、培養基(酵母の栄養になる材料)と水分環境、温度環境、発酵時間の長さです。

結局、何もかも自己流で、ここまで来るのに30数年。
挑戦は、今も続いています。

余談になりますが、私はワインもビールも皆この酵母種で発酵させて造ります。
以前、そんなお話し、申し上げたことがありました。<参照>

おいしいコーヒーのいれ方・再録

これから時々、旧サイトの記事の中からお役に立ちそうな記事を選んで、再録して行きます。
今日は、「おいしいコーヒーのいれ方」です。

まずは、ペーパードリップで美味しいコーヒーをいれるコツをご紹介しましょう。
もう何もかもご存知の方もいらっしゃると思いますが、確認の意味で一緒におつきあいください。
そして、今まで知らなかったことがあったら、迷わず実行してみてください。
きっとご満足いただけるはずです。

ではでは・・・。

おいしいコーヒーのいれ方

これを絶対に忘れないように。
これだけでも、確実にコーヒーのグレードが上がります

ペーパードリップを使う時の先ず第一のポイントは、セットしたフィルターにお湯をかけて十分に湿らせることです。
これにより、紙の臭いが抜けると同時に、繊維が膨らんでフィルター効果が高まり、濁りのないピュアなコーヒーが抽出されます。
フィルターを湿らせたら、下に落ちたお湯は捨ててくださいね。

おいしいコーヒーのいれ方

トントンと軽くたたきます。


おいしいコーヒーのいれ方

真ん中を指で窪ませて、
おまじないは「コピ、ルアック!」

そしてコーヒー粉を入れます。
ドリッパーを軽く叩いて、粉を平らに落ち着かせます。
量が多い時など、中央に窪みを作りお湯の回りが均一になるようにします。

お湯は、沸騰から3~5分冷ましてから使います。
別のポットに移し替えるなどすれば早く冷めます。
だいたい90℃を少し超えるくらいです。

さあいよいよ抽出です。
お湯は、初めはそろそろと含ませるように慎重に注ぎます。
上面が泡で覆われたら、注ぐのを止めて一呼吸置きます。
量が少ない時は、この一呼吸を長くとります。
後はほとんど切れ目なくお湯を注ぎます。

おいしいコーヒーのいれ方

蒸らしの後、どんどん注いでいるところです。
泡立ちの良さにご注目!

コーヒーの抽出時間は、量の多少に関わらず3分を目安にしてください。
長くなりすぎると、苦みが増し渋みも出て来ます。
逆にあまり短いと風味が出切らず、水っぽい間の抜けたコーヒーになってしまいます。
そして、最後の一滴まで落とさないようにすることです。

おいしいコーヒーのいれ方

もったいないなんて言ってはいけません!

泡の部分に渋みが乗っていますから、これを下に落とさないうちにドリッパーを外してしまいます。
そのタイミングで、規定の量が抽出されるよう、すべてはお湯を注ぐスピードで調節するわけです。
3分ですよ!お忘れなく。
さあこれで、美味しいコーヒーが飲めるはずです。

ちなみに、抽出時の泡立ちの良さが何と言っても大切です。
これはその豆が炒り立てであることを示しています。

おいしいコーヒーのいれ方

お好みのカップでお楽しみください。

お好みのカップでお楽しみください。

久しぶりに予定なしの一日

今日は定休日で店はお休み。
これといった所用もなく、何をしてもいい一日でした。

で、何をしたかと言えば、朝の体操とジョギング、それから郵便局と銀行に出かけて各種支払い事務を済ませた後は、ちょっとボーっとしたくなってごろ寝。
午後、また昼寝をしていたら、しだいに体が怠くなって来ましたので、これではいかん!と気を取り直して、コーヒータイムの後、草刈りをすることにしました。

それから1時間余り草刈り機を振り回して、家の周りの空き地の草をきれいに片付けました。
このところ雨続きなので、少し前に刈り払ったはずの所でも、もう胸の高さあたりまで伸びていて、結構な作業量でした。
おかげで大汗をかいて、気分もスッキリしました。

まあでも、何だか日頃の疲れでしょうか、頭は働かなくて、ブログもこんな他愛もない話しで今日はお終いです。

明日もグズグズ梅雨空の予報。
今度は、長雨に文句が出そうです。

体の調子は、毎日違う

5月に体調を崩してその後回復して、以来ずっと毎日、運動を心がけています。

毎朝、先ず体の各箇所の点検を兼ねて準備体操をし、雨が降ってさえいなければ、家の周り一周約1kmを2周、一周は歩いて、二周目は出来るだけ走って回るようにしています。
そして夕方には、犬の散歩を兼ねて1~2km歩いています。

それでいつも気が付くのは、体の調子は毎日違うということです。
準備体操をしている時から、それが分かります。
走ると、さらにその違いが歴然とします。

とても楽に走れる時があるかと思うと、体が重くて息が切れて走り続けられないことがあります。
昨日と今日でもそうした違いがあり、そんな時は、その原因は何だろうかと、ここ数日の過ごし方、飲み食いしたものなど、いろいろ思い出しながら推測するのです。
自分自身のことですから、もうある程度は掴んでいて、やっぱりなぁと思うことも多々あります。

運動して体に負荷をかけることは、体力維持のために必要であり効果もあるのですが、もう一つ、自分の体の健康状態を知るための検査法でもあるということです。
そして、こうして自分の体の状態に注意を向けることは、何より優れた健康法であると確信しています。

おかげさまで、自分のことに関しては、そこそこ健康管理は成功していると思っています。
もちろん体調を崩したことは何度かありますが、もうかれこれ45年間、入院が必要な病気にはならずに過ごして来ました。
ただ運が良かっただけかも知れませんが・・・。
なお精進しなくてはと思っています。