メディアは、権力を監視するのが役目だと、この言葉を多くの方が耳にしていると思います。
メディア、昔風に言えば報道機関ですが、新しい時代の今は、インターネット上の情報発信手段などすべてを含んだ概念を指しています。
しかしながら、権力の監視者と呼ばれるのは、今でも新聞やテレビ、ラジオなどマスコミとも呼ばれる報道機関のことを指します。
社会的にとても重要な役割であるが故に、このメディアのあり方は、何より正確であること、公正、公平であることが求められます。
ですが、昨今のメディアはと言うか、昔からそうだったかも知れませんが、事実や真実を必ずしも正確に、あるいは公正、公平に伝えていないことが少なくありません。
と言うか、そもそも限度があるのです。
限られた紙面、限られた放送時間の中で、どの部分を採るかという問題がいつも横たわっていて、そこには常に編集者の意向が反映されることになります。
また、専門的で難解な事柄について、専門家の見解を紹介することは多々あるわけですが、誰を登場させるか、誰の意見を採用して記事を書くか、ここにも編集者の意図が色濃く反映されることになります。
一般の我々に卓越して高いリテラシーがあるなら、そうして伝わって来る情報の後ろにある背景や真実を読み取ることが出来るかも知れませんが、大抵そこまでは望めません。
それをいいことに、メディアは世論を誘導したり、操作したり、その結果として政治に圧力をかけたりすることも出来るわけです。
たとえば、国会中継などを最初から最後まで視聴した後、ニュース番組で一部が報道されるのを目にした時、どの部分を抽出しているかによって、その放送局の意図が垣間見えることがあります。
「そこかよ!そうじゃないだろう!」と憤ることも実は少なくありません。
翌日の新聞報道然り。
印象操作や世論誘導は日常茶飯事です。
また、昨今の政治家の記者会見の様子を見ていると、権力の監視者というより、自分たちこそが権力者に裁定を下すさらに上のもう一つの権力者のような振る舞いをしているように見えます。
自分たちは、国民の知る権利を代表する絶対的正義の行使者だと。
しかしその一方で、角度の付いた情報で我々市民を裏切っていることが少なくないのです。
インターネットのこの時代、国会中継や記者会見なども含めて、いろいろな案件について、関係機関が公表する一次情報に触れることは簡単です。
面倒でも、一次情報の収集と解読に少し時間を割くくらいのことは、一国民として当然やらなくてはならないことになったと思う私です。


