投稿者「MIKIO AOKI」のアーカイブ

足踏みする春

1月から2月にかけて、降雪も少なく暖かい日が度々あり、今年の春が速いことを窺わせていました。
実際、2月のうちに福寿草も咲きはじめ、小鳥たちのさえずりもにぎやかになりました。

ところが3月になった今日を含めて、数日前からこの先一週間くらい、お天気は雨または雪で気温も低めの予想です。

一方昨年の今頃は、根雪がしっかり残っていましたが、晴天で気持ちの良い日が続いていました。

このように、毎年毎年予測の付かないお天気模様になるので、作物を育てるのも一種賭け事みたいなところがありますね。
まあ、吉と出るか凶と出るか、収穫が終わって見るまで分かりません。

この背景には、地球温暖化があることは確かです。
それが人類によるCO2 排出が原因とする説には一概に同意しかねますが、今後地球環境が激動することは間違いないと思いますから、農業に携わる者はいっそう注意深くまわりの自然を観察していなくてはならないと思っています。

必ず対処への道は開けるはずと信じています。


「紙版・飯豊の空の下から・・・」No.76 2024年1月号をご覧いただけます。

IIDE


★馬路村の柚子ジャムと柚子マーマレードが買えるようになりました。

shokuko store

本格的なキャッシュレス実現に向けて

今、世の中は、上げてキャッシュレス決済へと傾いています。
確かに合理的だと思います。

ただ、数多の決済サービスが立ち上がって、利用者もまちまちの選択をしている段階では、店側のメリットは必ずしも保証されるものではなく、食工房は導入を見送っていました。<参照>

2年ほど前になりますが、喜多方市の肝いりでPay Pay(ペイペイ)の導入支援事業があり、それには参加しました。
いわゆるQR決済と呼ばれているもので、店側は何も用意することなくただその店固有のQRコードを掲示して置くだけで良く、手数料も破格で売り上げの振込手数料も無料で良いという条件でしたから、これは乗らない手はありませんでした。

キャッシュレス決済をお客さま側から見ると、自分の利用している決済サービスに、どこの店でも対応してくれることが理想です。
一方店側では、どのような決済サービスでも利用していただける環境を用意することが理想となります。

今回そろそろ潮時だなと思ったのは、Air Pay(エアペイ)という決済サービスが、各社クレジットカード、交通系プリペイドカード、QR決済など68種類の決済を一括して対応可能とし、売り上げの振込み手数料も無料、そして必要な端末(iPadとカードリーダー)も無償提供するという条件を見たからでした。
手数料も最大3.24%と決して高い方ではなく、私をして導入に向けて決意を促す状況となりました。

今、申し込み申請が通り、端末デバイスも到着し使い方をトレーニング中です。
3月半ば頃から、実際に店でご利用いただける予定です。
もちろん、これまでご利用いただいていたPay Pay QR決済も、変わらずご利用いただけます。

さて明日は、また定休日明けの木曜日、パン焼きの日です。
道の駅あいづさんのご注文も合わせて大量のパンを焼きます。

そして、皆さまのご来店をお待ちいたします。
どうぞよろしくお願いいたします。

集落会計の決算作業、食工房の確定申告の準備終わる

ここしばらく時間を取られていた会計仕事が一段落しました。

集落の会計の方は、決算と総会資料の作成も終わり、後はこの次の日曜日に予定されている会計監査を受ければ、私の任務は終わります。

一方食工房の会計も、下の娘が日常の記帳を確実にやってくれましたので、私は決算作業と申告書の作成を今日までに終わらせました。

今日の午後、商工会に持ち込んで事前チェックをしてもらい、一部訂正箇所を直せば提出できる見通しとなりました。

あとは、集落の定例総会と新任の会計さんへの引継ぎが終われば、高知に出かけるタイミングがつかめるのではないかと楽しみにしています。

忙しさ山積み、でも高知に行きたい

南国土佐の空の下から

2018.05.10 高知市南嶺鷲尾山頂上より太平洋を望む

コロナ前まで、大体毎年のように郷里の高知に出かけていました。
コロナ禍になって早や丸4年、その前の年から通算5年間、郷里の土を踏んでいません。

私はここ会津を最後の居住地と決めましたので、別な意味ではここが新たな郷里となりました。
ということは、私には二つの郷里があるということです。
その二つの場所に、心と体を二分されるような感覚をいつも味わっています。

5年も離れていると、何か恋焦がれるような気持に駆り立てられます。
そして、今後年齢が進むに連れ、いつまで長旅に耐えて高知に行けるだろうか?と思うのですね。
また縁ある人たちも、いつまで健在だろうか・・・、そんなことも頭の隅を掠めます。

3月は特別忙しい時期ですが、高知に行くとしたら、やっぱり3月しかないのです。
何とかして、いつ行こうか、思案している私です。

ゼレンスキー大統領、730日目の演説

昨日2月24日、ウクライナではロシアが最初に乗り込んで来たキーウ州ホストメリにおいて、ウクライナのゼレンスキー大統領はじめ支援各国の要人たちが一堂に会し、それぞれにこの侵略戦争に立ち向かう決意を述べました。
中でもゼレンスキー大統領の演説には心打たれるものがありましたので、全文(和訳)を紹介しておきます。

★参照元 UKRINFORM(ウクルインホルム)


私は今、ホストメリにいる。

ここから、「3日間のキーウとウクライナの制圧」なるものが始まるはずだった。そのことは1行で語ることができよう。2年前、私たちはここで敵の空挺部隊を攻撃で迎え、その2年後、私たちはここで友人たち、パートナーたちと会っている。

G7議長のジョルジャ・メローニ伊首相、ジャスティン・トルドー加首相、ウルスラ・フォンデアライエン欧州委員会委員長、欧州理事会議長のアレクサンダー・ドゥ=クロー・ベルギー首相。そして、これが私たちが2年間通った道とその時と今の「2月24日」の間の違いを象徴的かつ雄弁に描写している。

ご存知だろう。今日、一人一人のウクライナ人が無意識に「あの日」を思い出している。そして、一人一人に自分独自の「2月24日」がある。あの日の独特な記憶。どのように目を覚ましたか、誰が最初に「どうしてる?」と書いたのか、誰に最初に電話をかけたのか、誰を最初の強く抱きしめたのか、最も近しい人には最初に何と言ったのか。そして最も大切なことは「その後あなたは何をしたのか」。

何百万の様々なストーリーがあるが、しかし、多くの人に似たエピソードがある。それは、様々な年齢の、様々な職業の、様々な地域のウクライナ人が下した選択だ。そして、その選択は、まず軍事委員会へ続く行列の中で人々を団結させ、その後は、1つの前線の塹壕で団結させた。国を守るために。そして、国内で働くために残った者も、出国したが、後で戻ってきた者も(団結した)。

そうして、もう2年だ。私たちは、730日分、勝利に近付いた。ある者は、勝利がいつ実現するかを述べてくれるような賢者を待っている。何百万人のウクライナ人は、単に「コブザール」(編集注:詩人タラス・シェウチェンコの詩集)の言葉を覚えている。「戦え、さすれば勝たん!」そして、献身と勇気でそれを730日間実践しているのだ。彼らは、東部、南部、北部、私たちの戦士が戦うあらゆる方面で強くなっている。彼らは、全ての人々の町や村の抵抗となっている。そして今日、私たちの一人一人が身内に電話する。親しい人の声を聞き、互いに待ち望んでいるものの実現の祈念を伝える。そして、今日、私たち一人一人に、残念ながら、何も言うことのできない人がいる。哀悼を捧げる相手がいる。そして、皆が一緒に、頭を下げる。痛みの730日間。

しかし、同時に、願いの730日間でもある。戦争のはじめには私たち皆に異なるストーリーがあったが、しかし、この戦争の終幕は一つ、勝利でなければならないという、最高の正義への願い。この2年間のあらゆることを思い出しながら、他の形はありえなかったと理解している。ウクライナ人がすでに実現したことを思い出しながら、私たちは必ず実現できることを知る。私たちはできる。私たちは成功する。そして、ここ、この場所で、最もよく理解するのだ。金属は耐えられないかもしれないが、しかし、ウクライナ人は耐えられる。飛行機は燃やせるかもしれないが、夢(編集注:ウクライナ語で「ムリーヤ」)を壊すことはできないと。730日間私たちの一人一人が共に眠り、共に目を覚ました夢。あなたが抱えて眠った夢。私たち皆が。私たち国民皆が。全てのウクライナ人が。

最初の3日間を耐え抜いた民。そして、4日目にも倒れなかった民。5日目を戦い抜いた民。その後、ひと月。そして、6か月。そして、今や2年だ。自由を巡る戦い。信じられない人々の英雄的な命を巡る戦い。呼びかけで、私は常に、こう呼んできた。「偉大な国の偉大な民よ」と。

私は、一人一人を信じられないほど誇っている。私は、一人一人に感動している。一人一人を信じている。まともな人なら誰だろうと、戦争が終わって欲しいと思っている。しかし、私たちのウクライナ自体を終わらせてしまうことは、誰も認めはしない。

だからこそ、「終戦」という言葉に、私たちは「私たちの条件での」を付け足す。だからこそ、「平和」という言葉の隣には、常に「公正な」という言葉が響く。だからこそ、未来の歴史では「ウクライナ」という言葉のそばには常に、「独立」という言葉があり続けるのだ。そのことのために戦っている。もう私たちの人生は730日だ。そして、私たちは勝利する、人生の最善の日に。

私は、戦士たち皆に感謝している。私たちの民に感謝している。私たちと真実と一緒に立ってくれている世界の全ての人に感謝している。


ロシアとウクライナ、どちらに正義があるのか、何故ウクライナが勝利すべきなのか、私は分かっているつもりです。
ウクライナを一人で立たせてはいけません。
支援を続けます。

ウクライナ戦争2年

2年経ってしまいましたね。
長引くと思ってはいましたが・・・。

私は、ずっと支援するつもりですからいいのですが、当のウクライナの人々、世界のあちこちに避難している人々の気持ちを思うと、とても正気ではいられません。

悪いのはロシアです。

ここに来て、アメリカの支援が滞ることになり、戦線はロシア有利に傾き大変なことになりそうです。

欧州各国は逆に火が点いたようで、支援の強化を表明する国がほとんどですが、タイミング的にいかにも遅すぎたと言わざるを得ません。

それよりも、この戦争の意味するところ、その結果が及ぼす影響の大きさに、世界はもっと気づかなくてはなりません。
我が日本はその筆頭とも言うべき地政学上の急所に位置する国ですから、ウクライナの戦況の如何は、後々我が国の安全保障に大きく関わって来ることは間違いありません。

もし、ウクライナがロシアに下ることがあったとしたら、その後の世界がどうなるかを考えてほしいものです。

2年が経過しましたが、まだまだ終わりはやって来ません。
いつまで・・・?と言うなら、それはロシアが倒れるまでと申し上げなくてはなりませんが、それがどれほど難しいことか、それも分かっています。

しかし、諦めるな!ですね。
また一つ気持ちを引き締めて、ウクライナ支援を続けたいと思います。

開業20周年記念、最後のサプライズは?

3月末日までの予定で、開業20周年記念の企画を幾つか展開中です。
ただ、定期便をご利用の方対象の特別企画だけがまだ実施されていません。
中身もお知らせしていません。

準備に時間がかかったことが一番の理由ですが、いよいよ3月にお届けする定期便の中にサプライズがプラスされます。

古くから食工房にお付き合いくださっているお客さまならどなたも覚えていらっしゃるであろうある商品を、サプライズ用に再開して非売品として製造し、パッケージの中に入れてお届けします。

今まで内緒にして来ましたから、せっかくなのでお手元に届いてからのお楽しみということで、このままお知らせしないで置きます。

思い返せばこの20年の間、食工房も本当にいろいろな事をやって来ました。
イベントの開催やイベントへの出店もありました。
人気商品だったものの諸事情により製造中止となったものもありました。
そんないろいろな事を思い出していただけるかも知れません。

さて、明日もまたパン焼きです。
お天気はパッとしませんが、雪は無いと思います。
皆さまのご来店をお待ちしております。

さて、また気合を入れてパン焼きです

このところ毎週木曜日のパン焼きの量が増えています。

「道の駅あいづ」さんのご注文のおかげもありますが、全体的にパンの売れ方が上向いて来ました。
年明け以降、低迷していた店の売り上げが、やっと息を吹き返した来たようです。

近所の方が、朝食用に「食パンを6枚切りにして!」と言って買って行かれることもあったりして、食工房のパンを身近に感じてくださっていることがとてもうれしく思われます。

ここで特筆したいのは、プンパニッケルが最近よく売れ出したことです。
度々お求めになる方もあり、皆さんが口を揃えて仰るには、「他所でもプンパニッケルを買って食べたけれど、何か違う。食工房のプンパニッケルが、やっぱりおいしい。」とのこと。

何も特別な事はしていないのですが、これはきっとライ麦そのものの違いなのかな・・・と思ったりしています。
あと、専用の酵母種であるザワータイクの仕立て方にも違いがあるのかも知れません。

食工房のプンパニッケルは、原材料の粉の自給率が100%ですから、何と言ってもこれが一番の自慢です。
まだ召し上がったことの無いお方、ぜひ一度お試しください。

明日もいつものようにパンを焼いて、皆さまのご来店をお待ちしております。

サルの群れ現る

近頃サルの姿を見かけることがありませんでした。
でも、もうそろそろ現れるんじゃないかな・・・と思っていました。

お昼過ぎのことでしたが、買い物に出かけて行った娘から電話がかかって来ました。
集落の外れにサルの群れがいて移動中だと。

ふむふむ、これはいいタイミングだ、こちらに侵入して来るところにお出迎えしてやろうと、ロケット花火など一式用意して現場に向かいました。

私が辿り着く頃には、すでに集落に近付いていて、数匹の姿を確認しました。
ただ、そこで追い払い作業をしても、山の中に四散した後私が引き揚げればまたすぐ集まってくることは確実なので、そのままもう少し引き寄せることにして、やって来そうな位置に先回りしました。

すると、先頭のサルがもう近くまでやって来ていました。
しかし、こちらの対応に気が付いたのかサルの動きが遅いので、一旦家に戻り一時間くらい置いて再び現場に向かいました。

今度は直近で沢山のサルの姿を認めましたので、追い払いにかかりました。
山の方に向かって追い払い、さらに逃げて行った方に先回りしてそこからまた追い払い、そんなことを繰り返しているうちに、山の藪の際まで来てしまいました。

これ以上は、クマもいるかも知れず危険なので、そこまでにして帰って来ました。

まあでも、逃げてもすぐまた戻って来ることは確かで、ロケット花火の音なんかもう平気なのですね。
要するに私がしつこく追い回すのが鬱陶しいだけで、いなくなれば全く何も警戒なんかしていないのだと思います。

畜生!
これ以上はもう効き目は無いのでしょうね。

何か痛い目に、あるいは危険な目に合わせる必要があるのですが、我々にどこまで出来るか、許されているのか、それが問題です。

平和を守るための武力

「戦争を回避するためにこそ武力が必要。」

そんな言葉を、以前の私はとても信じられませんでした。
詭弁以外の何物でもないと掃き捨てたものです。

戦争を回避するなら先ず武装解除が優先、日本の憲法9条が世界に広まらなくては・・・、などと思っていたのですね。

しかしその後、歳を経るに連れ、そうばかりでもないかも知れないと思うようになりました。

また昨日までの続きになりますが、世界には最後まで人の善意を信じるという人がいる一方、人の善意など最初から信じないという人がいて、それぞれ世界の半々を占めているのです。

と言うか、私たち一人一人の心の中に、その二つの側面が相半ばして同居しています。
である以上、どことも誰とも争うことなく平和を実現することは、単なる理想に過ぎず永遠に実現することはありません。

少し話が逸れるかも知れませんが、他者に争いの刃を向けるのは、自身の心の中の戦いに敗れたからです。
ま、それは置いて。

悪い奴らは、強そうな相手には手を出しません。
否、実際そんな低レベルの理由によって、戦争を回避出来ているのではありませんか。

アメリカやイギリス、フランス、ドイツなどが、戦禍に見舞われないのは強い軍事力を持っているから、他に理由なんかありません。
そして戦争を避けるために、欧州各国はこぞってNATOに入りたいのですね。
武力が背景であることは疑う余地がありません。

我が国日本だって同じことです。
他ならぬロシアやまた中国や北朝鮮が手を出さないのは、アメリカの核の傘の下にいることとそして安全保障上の同盟国だからです。
他に理由はありません。

未来永劫、どこまで行っても人類世界は不完全です。
先に申し上げた二面性が無くなることはありません。

だから我々は、銃と花束の両方を携えて前進するしかないのです。