大情報時代、求められるリテラシー

現代は、大情報時代だと言われます。

一昔前、私が子どもの頃はと言えば、社会あるいは世界の情報を知るには、ラジオと新聞に頼るしかありませんでした。

その後、テレビの時代になりましたが、新聞、週刊誌などの紙媒体も大きな役割を果たしていました。

そして現代では、コンピューターとインターネットの普及により、情報伝達の手段は大きく変化しました。
旧時代のメディアと比較して、このインターネットを介する情報は、その量と速度において、もう全く次元が違うものになりました。

その中で一番大きなメリットは、誰もが多くの一次情報に、容易にアクセス可能だということです。

例えば、今回の日米首脳会談だと、会談の一部始終をノーカット映像で見ることが出来ます。
その後に開催された夕食会の様子、また記者会見の様子など、時間さえあればすべて見聞きすることが出来ます。

国会中継なども、衆議院、参議院ともに、国がすべて中継するチャンネルを開設していて、いつでも閲覧可能です。
過去の国会もビデオライブラリーで閲覧することが出来ます。

こうした一次情報に触れるためには、もちろん手間暇はかかります。
簡単に見つかることもあれば、一生懸命探さなければならない時もあるでしょう。

また、大量の情報の海には、大量の偽情報や悪意のある情報も存在していますから、限られた時間の中で、目指す情報に辿り着くのは難しいこともあるかも知れません。

そこで必要となるのがリテラシーです。

※リテラシーとは、もともとは「読み書き能力(識字率)」を指していましたが、現代では情報、IT、金融など、特定の知識やスキルを使いこなす能力を意味します。
特定の分野の情報を正しく理解、解釈、分析し、適切に活用する能力のことを指します。

それを高めるためには、勉強もしなくてはならないし、多くの情報に触れて視野を広げる努力もしなくてはなりません。

一方、旧メディアは、大量の一次情報を整理して、その要点を短い時間、限られた紙面で伝えてくれるのはいいのですが、どうしても角度が付いてしまうということが多いのです。

編集者、執筆者がいるということは、どんなに公平公正中立を心がけていたとしても、何らかのフィルターがかかることは避けられません。

むしろメディアは、意図的にフィルターをかけることで、各社のカラーを演出して視聴率や購読数を稼ごうとします。

また情報としては、二次情報あるいは三次情報以下になってしまいます。

そこで、一次情報に触れることは、実はメディアが伝えないことを確かめるためにも大きく役に立ちます。

この時代、やはり我々は、努力して ネットリテラシーを磨き、多くの一時情報や優れた解説に出会うことが必要不可欠になったと思う私です。


「紙版・飯豊の空の下から・・・」No.86 2026年2月号をご覧いただけます。

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