あの東日本大震災から、15年経ちました。
今日3/11は、その日でありました。
あの時の長い長い揺れと、テレビに流れ続けた津波の映像は、今でも忘れることは出来ません。
そしてその後、すぐに心配になったのが福島原子力発電所の状況でした。
その後数日の間に、ほとんど最悪の事態に至った原発事故でしたが、当時の政府対応は延々と「ただちに健康に大きな影響はありません。」を繰り返すのみ。
100億円もかけて整備した緊急時環境線量情報予測システム”SPEEDI”の情報も当初は公開されず、不正確な放射能拡散情報を基に誤った避難誘導が行われ、多くの人々が無用な被爆に晒されました。
思い出すたびに腹が立つのを禁じ得ませんが、さらにその後、多くの有識者や政治家などが福島の危機的現状を意図的に誇張して伝えたことで、謂れのない風評被害が長い間私たち福島県民を苦しめました。
私たちも、この初めての経験に対し、遅れ馳せながらも一生懸命勉強し、線量計を入手し、全く手探りの対応に明け暮れていました。
15年経った今、改めて思っていることは、放射能の害というものは、もっと冷静に受け止めるべきではなかったかということです。
例えば、年間1㎜㏜という被ばく量は、どの程度危険なのか、否それほどでもないのか、食品の100Bq/kg以下という基準は本当に妥当かなどなど、それらにより実際にどの程度の健康被害があったのか無かったのか、詳細な検証が待たれますが、私の肌感覚としては、言われるほど深刻なものではないのではないかと受け止めています。
「福島の復興なくして・・・」と歴代の総理大臣は口を揃えて言いますが、そのスピードがいつまでも遅いのは、放射能に対する認識が厳し過ぎることが理由の一つになっていると思います。
もうここらで、放射能の呪縛から解放されてもいいのではないか、そんなことを思う今日の私です。


