月別アーカイブ: 2026年3月

日本の農業の進むべき方向

食糧安全保障という考え方が出て来て、農業のあり方が注目を浴びるようになりました。

しかしそこで語られることの第一番は、生産効率、経済効率です。
そのために農政が導こうとしている方向性は、一つは集約化大規模化です。
もう一つは、AIを活用して農業をスマート化することです。

ですが、この日本の国土を考えれば、国土の大半は山間地であり厳しい傾斜地ばかりです。
大規模化に適した平らな土地は少ない上に、その他の用途にも大きな需要があり、そもそも確保に限界があります。

野菜工場のような設備の中で集中的に高効率で生産する方法もありますが、扱える作物の種類には限界があり、米や麦豆などの主要食糧は、やはり広い面積の圃場が必要です。

また、AI活用によるスマート化だけでは、日本の現状を捉え切れない局面も少なくないと思います。

まあざっと申し上げましたが、私の言いたいことはそこではありません。

今日、私が言いたいのは、日本の農業を考える時、国土の保全ということとセットで考えるべきではないかということです。

一昔前の日本の農業を思い出せば分かることですが、山間に棚田や段々畑があり、山から引いた水路があり、また薪炭用として、用材用として、周辺の山々が手入れされ、山崩れや洪水を防ぐことにも一役買っていました。

今、過疎化が進み人がいなくなった山間の寒村は、耕作放棄地と荒れた山々だけが取り残され、増えた獣たちによる周辺への獣害が深刻になり、山崩れや鉄砲水などの水害も起こるようになりました。
最近頻発する大規模山林火災も、こうした山間地の現状と無関係ではないと思います。

そうした現状を前にして、農業は国土保全のために重要な役割を果たすことが出来る、必要な事業としてそのコストを公が負担することも視野に入れるべきでしょう。

農業だけの経済効率という視点で見るのではなく、そうした国土保全に果たす役割に対し正当な報酬を受け取ることが出来れば、効率の悪い山間地の農業にも活路が見えて来ると思います。

いかがでしょうか。

そこで必要なのは、この話に広く国民の理解が及ぶこと、それに押されて政治が動くことです。

私も山間地の農業者の一人として、今後この件に関する主張を積極的に発信して行きたいと思っています。

後期高齢者

私、今年の9月には満75歳になります。
つまり、後期高齢者となるわけですね。

もはや、見た目も中身もともに年寄りに相応しいと自覚しています。
痩身で体力もありませんが、頭の方はまだ大丈夫そうです。

幸いなことに、今までのところ入院経験はありませんし、歯医者を別にすればそもそも医療の世話になったことがありません。
薬の服用に迫られることもありません。

以前は時々風邪を引くことがありましたが、コロナ以降、感染防護のコツをつかんだからだと思いますが、風邪も引かなくなりました。

まあまあ毎日を快適に過ごし、仕事もこなしています。
経済的には貧乏でこの先も望みはありませんが、食うに困るほどではありませんので、まあ良しとしています。

一年中ほとんど家に居て、仕事したり、休んだりの繰り返し。
でも、一つも悪い気はしません。
この精神状態が、健康に良い結果をもたらしているのかも知れないと思っています。

そして時々ですが、自分の死に方を考えたりします。
「どんな最後だったらいい?」と、自問自答するのです。
これがまたとてもいい時間です。

そして、そして、死んで後もこの私はこの私のまま、いなくならないことを確信しています。
だからこそ、今この一瞬一瞬に最高の時間を過ごすことに一生懸命です。

この次はどんな人生に・・・、その課題を自覚出来たら、卒業でしょうか。

さあ、あと何年?

アメリカは、どこまでやるつもり?

今回のイラン攻撃、アメリカはどこまでやるつもりなのでしょうか。

私たちがその計画の詳細を知ることは到底不可能ですが、まあある程度想像することは出来るのじゃないかと思うのですね。

当面、アメリカはイランに攻撃を続け、独裁者ハメネイの息のかかった残党をせん滅するまで止めないでしょう。
ある意味、イランを政治的に更地にするのが目標だと思います。

その後どうなるのかは、アメリカの思惑だけでは決まらないところがあるとは思いますが、少なくとも親米で民主的な政権が誕生して、この地域の政情が安定するまで、関与し続けるでしょう。

僅か二ヶ月前のベネズエラの一件でも分かる通り、本当にアメリカは凄い国ですね。

世界一強い国、そしてある意味世界一狂っている国、最強且つ最狂だと誰かが言っていましたけど。

そのアメリカの凄さを、一番良く知っている(思い知らされた)のは、他ならぬ我が日本でしょうから。

そして、良し悪しは別にして、これからも世界はアメリカ中心に動くしかないのでしょうね。

プーチンと習近平と金正恩の三人が、どれほど戦々恐々としていることか、不謹慎な言い方かも知れませんが、面白くて仕方がない私です。

明日と明後日は、定休日です

このところ平常運転の営業が続いている食工房です。

まわりでは、早くもクマの出没を伝える報道もありますが、この辺りに限ってはまだ今のところ静かです。
2月のうちから雪が消えましたので、電気柵の設置も進んでいます。

幸い暖かい晴天に恵まれる日が続き、麦畑も水浸しになることなく雪が無くなり、元気に再生した麦が旺盛に育ち始めています。

寒さが気にならなくなり、外での作業も気持ち良く出来ます。
尤も明日から数日、雪または雨の予報が出ていて、どんなことになるのか少し心配ではありますが、まあまあ大丈夫じゃないかと思っています。

さて、明日と明後日の二日間、食工房は定休日です。
お間違えのございませんよう、よろしくお願いいたします。

「戦争は外交の失敗」は、間違い!!

まず冒頭、申し上げます。

「戦争は外交の失敗」は、間違った理解です。
戦争は外交の一つの形態であり、手段でもあります。

たまたま我が日本は、外交の手段として戦争をしないと言っているだけで、広い世界の中でそのような国は日本だけです。

一歩外に出れば、外交の手段としてあからさまに武力を誇示して脅しをかける国が少なくないのは、もはやどなたもご存じのとおりです。

この前提を間違えているから、どこまでも戦争にならないよう外交努力をすべきであり、戦争を仕掛けられるとしたらこちらの外交努力が足りないのだという、全く悲しい結論になってしまうのです。

早速、それを証明するかのようなニュースが、今朝一番に飛び込んで来ましたね。

アメリカとイスラエルが、イランに武力攻撃を行使し、最高指導者のハメネイ氏と側近でもある革命防衛隊の指揮官たち7名を殺害したと発表しました。

このアメリカとイスラエルがしたことが、世界を危機に陥れる愚かな行為かどうか、それは一概には言えないことでしょう。
これまでの経過とこれからの推移を見て、あとになって語られることになるとは思いますが。

一つ言えることは、まさしくこれもまた外交の一つの手法だということです。
今回のことで、当のイランのみならず、ロシアや中国、北朝鮮などイランとかかわりの深い国々の指導者たちには、言いようがないほどの緊張感が走っているはずです。
そしてそれは、今後それらの国々の態度にも現れて来るはずです。

我が日本も、それらに対ししっかりと対応を考え、必要な備えを怠らないようにしなければなりません。

さてそこから、もっと踏み込んで語りたいところですが、またの機会に譲ります。

いずれ、語るに相応しい時がやって来るでしょうから。