日別アーカイブ: 2014年1月30日

「天然酵母」という呼び名について

天然酵母パンと焼き菓子の店・食工房を開店して早や10周年。
私の中では、天然酵母に関する定義は明確で、何の迷いもありませんが、近年広く認知されるに至った「天然酵母」が、皆さまにどのように理解されているのか改めて気になりましたので、過去記事をご紹介方々見解を述べさせていただきます。

以下の記事は、2008年6月16日に掲載したものです。<参照>


天然酵母パン

今やすっかり一般に認知された感のある「天然酵母パン」という呼び名。
私も自ら「天然酵母パン」と称するパンを焼いていますが、皆さんがこの「天然酵母パン」というものをどのように理解していらっしゃるのか、最近とても気になっています。

私たちは、たいてい「天然」とか「自然」という言葉に良いイメージを持っていますので、「天然」「自然」を冠した名称に、何となく好印象を抱いてしまいます。
もし、明確な定義や正しい理解がないままに、「天然酵母」や「天然酵母パン」という呼び名を使い続けていると、いずれ必ず足元をすくわれることは間違いないと考えています。

そう思って、インターネット上に氾濫している「天然酵母」「天然酵母パン」に関する情報を手当たり次第に閲覧していますが、残念ながら、ちゃんと説明出来ている論説には未だお目にかかれません。
逆に、「天然・・・」の名称に批判的な論説の方が、説得力があるような気さえします。
ここで少なくとも食工房の天然酵母パンについて、私の持論を申し上げておく必要があると感じました。

「天然」の前に、そもそも「酵母」とは?

酵母は、糖(ブドウ糖、果糖などの糖分)を分解して、水と炭酸ガスとアルコールなどを生成する微生物です。
自然界に普遍的に生息しており、それを私たちは醸造やパンづくりなどに利用しています。
自然界に生息している酵母を、いつでも使いやすい状態に維持管理する方法は、世界中に沢山あります。

「天然酵母」と「イースト」

本来、酵母は天然、自然の産物なのですから、わざわざ天然の名を冠する必要はありませんでした。
イーストが区別されるようになったのは、第一次世界大戦当時、戦時下のドイツにおいて、短時間のうちにパン生地を醗酵させるために、工業化学的手法によって醗酵環境を管理して、純粋培養された酵母が使われるようになってからです。
それまで酵母の醗酵は、果実や穀物そのものから時間をかけて培養されていたのであり、もし醗酵初期に雑菌が繁殖すれば失敗してしまう、大変扱いの難しいものだったのです。
イーストでは、醗酵力の強い菌株を選び、且つ化学的手法で醗酵のための環境をつくります。
雑菌の繁殖を防ぐためにpHを下げたり、中和したり、イーストの活性を高めるためにイーストフードと呼ばれる薬品も使われます。(現在は、ビタミンC・L-アスコルビン酸が使われていますが、以前は臭素酸カリウムが使われた。※現在は危険であるとして禁止)
イーストは、酵母の醗酵過程の中の炭酸ガスを発生するところのみに着目して開発されたものであり、単純に膨らめばいいという発想です。
しかしパンの風味は、自然な状態で醗酵が始まり、時間をかけて熟成して行く過程で醸し出されるものなので、イーストを使うことにより、それまでの風味豊かなパンは造れなくなってしまいました。

その後の時代、食品製造が次々と工業化されて行く中、その利便性ゆえ、イースト使用はパンづくりの主流になりました。
その一方で、パン食文化の層の厚いヨーロッパでは、伝統的な直接天然に由来する酵母を使うパン屋が生き残り、最近になればなるほど見直されているという状況です。

威儀を正しておかないと・・・

さてここで、少なくとも私が「天然酵母」という時の「天然」とは何かということを申し上げておかなくてはなりません。
それは、あらゆる化学的プロセスを排除し、直接天然、自然に由来する醗酵過程を踏むことであるということです。

世の中には、定義も曖昧なまま「天然」「自然」の名を冠することに、不快感を露にする人々が少なからずいるということを承知して威儀を正しておかなければ、いずれ「天然酵母パン」という名称は使えなくなるかも知れない思っています。


すでに6年前に、私の中では問題意識があった「天然酵母」表示ですが、現在ネット上で検索すると、相変わらず、分かりやすく且つ核心を突いた説明にお目にかかることが出来ません。

発酵のメカニズムは、イーストも天然酵母も同じということは、上記記事にてもうご理解いただけたと思います。
皆さまとしては、安全性ということが最も気にかかっていらっしゃると思います。
雑菌を呼び込む心配はないのか?
実際に安定して発酵しているのか?等々。

正直に申し上げて、食工房の酵母を化学分析にかけたわけではないので、データはありません。
分かっていることは、この酵母が他の種を入れずに24年間生き続けていることです。

一度ならず申し上げたことですが、全部使い切らずに何割か残した種に新たに小麦粉と砂糖と塩を加えて培養する、これを通算すれば千数百回は繰り返しているということです。

では、発酵の状態はどうか?
それは、焼き上がるパンが、全てを語ってくれます。
いつも同じ品質(風味と食感)のパンを焼くことが如何に難しいか、その如何は全て酵母の状態に左右されるものであることを日々実感している身としては、パンを見てくれ!食べてくれ!としか申し上げることが出来ません。

概ね分かっていることは、少なからず乳酸菌が関与しているということです。
微量の塩分も重要な働きをしています。

「イーストのパンはおいしくない!」
それは、業界もよく分かっていて、風味を良くするために天然酵母を併用するやり方が、じわじわと浸透して来ているのです。
そうした材料や機器が、次々開発されています。
いずれ、方向は二極化するでしょう。
その時、天然酵母に関する規定が、法律になるかも知れません。
それはそれで、功罪があることだと思いますが・・・。

で、ちょっと話が飛びますが、例えばドライイーストを使ってこねてよく発酵させたパン生地を、水で緩めて小麦粉と砂糖と塩を加えて培養を繰り返すと、私が使っているような酵母になることは、ほぼ間違いありません。

酵母とは、そんなものだと思っていただければ結構!
そしてやっぱり、結論は天然酵母です。
うちのパン種で造ったビールがうまいことも、少なからぬ方がご存知です。