野に生きるものにとって、鉄則は、相手より先に気づくことです。
肉食獣が獲物を狙う時も、相手に先に気づかれたら逃げられる可能性が大です。
逆に狙われる方も、自分を狙う相手の動きに先に気が付けば、逃げ切れる可能性大です。
およそどんな動物とっても、この掟は共通です。
山歩きをしていて熊に遭遇したくなかったら、熊より先にこちらが熊を発見することです。
先に気が付けば、相手に対して適切な行動が取れます。
先手必勝です。
とは言え、山の中で熊の存在に気付く感覚など、とうの昔に無くしているのが今の私たちです。
だから熊鈴やラジオを鳴らして、熊に先に気づいてもらうというのですが、本当にそれでいいのでしょうか。
熊は、人間が近づいて来るのが分かったら、どうするでしょう。
相手は自分に気づいているはずもありませんから、足早にその場を離れるか、隠れて通り過ぎるのを待つでしょうか。
あるいは、逆に襲って来るでしょうか。
それはその場その場で違うので、一概には何とも言えません。
でも、音の出るものを持っているから大丈夫と、それ以外何の緊張感も持たず全く無防備に山の中を歩くなんて、私にはあり得ない愚かな行動です。
怖いのは熊だけじゃありません。
フッと傍を横切るスズメバチの羽音に気が付かないでいて、知らない間に巣に接近し過ぎて、突然襲われるなんて事故も起こるわけです。
小鳥の鳴き声やカラスの鳴き声が何かを示唆していることはよくあることですし、小枝が折れる音や草むらの中から聞こえる微かな物音、ありとあらゆる情報に五感を開いていなければなりません。
そして場合によっては、こちらからわざと物音を立てて反応を確かめるようなこともしてみるのです。
木の枝を折ったり、石を叩いたり、川面に小石を投げ込んだり、そうやって周りに注意を払いつつ、時にこちらの存在を誇示しつつ、野の生き物たちと適切な間合いを計りながら歩くべきです。
これでもうお分かりいただけると思いますが、重要なことは、相手に、自分は気づかれていると気づいてもらうことです。
猿たちにしても、人間に先に気づかれていると分かると、それだけでもかなりの抑制力になります。
そのための関係づくりが大切なのだと、お分かりいただけるかと思います。
本当は、人間の私たちは、手も足も出ないのです。
しかしそこをうまく騙して、大いなる勘違いをさせて、勝手に人間を恐れるようにしておくためには、日々の努力が必要だということです。
猿より賢いはずの人間なのですから、勝てないわけはありません。