11月23日

今日、この日は、勤労感謝の日で仕事も学校もお休みのうれしい日というわけですが、私にとっては、一生の記憶に残る末娘の誕生日でもあります。

1991年のこの日、私たちは阿武隈の山中で山暮らしをしていました。
何もかも自然志向で暮す中で、連れ合いが妊娠したことが分っても、病院には行きませんでした。
何しろ6人目ということもあり、連れ合いは、自分の体の感覚を信じて、全てうまく行くと思っていました。
私にも全然不安はありませんでした。

ゆったりと9ヶ月余りが過ぎて、ちゃんと規則正しく前触れが来て、前日の22日には、連れ合いは「生まれておいで、みんな待ってるよ。」と呼びかけたのでした。
その夜から陣痛が始まり、次の朝、6番目2人目の女の子が生まれたのでした。

当日は明け方の4時頃から、皆で手分けして、風呂を沸かしたり、薪ストーブに火を起こしたりして、出産に備えました。
ちゃんとした朝食が取れないかも知れないと思い、薪ストーブの上に芋を乗せて焼き芋を仕掛けて置きました。
後になって、皆、この日の話しになると、まず焼き芋のことを一番先に思い出すのが、今になってもおかしくて吹き出してしまいます。

上の子たち全員が見守る中、私の介助で無事に出産を終えることが出来ました。
胎盤は、裏の山の大木の根元に埋めて、感謝の祈りを捧げました。
この時、人間の自分たちも、山の鳥や獣たちと同じ生き物の一員なんだと感じ、回りに向かって「うちもまた一人生まれたよ。」と心の中で呼びかけたら、あたりがザワザワとして「おめでとう。おめでとう。」と言う声が聞こえたような気がしました。

毎年一度、こうしてそれを思い出すことの出来る自分は、何とありがたく幸せな人間なんだろうと、しみじみ噛みしめる今日の私です。


実はこの後、出生届が受理されるまでの顛末が大変でした。
そのお話は、またいつか別な機会に・・・。

11月23日」への4件のフィードバック

  1. nonno

    子供が生まれること、生まれるその時、何処でどのように生まれても、それぞれが言葉にならない素晴らしさで、言い尽くせない気がします。昨日のことのように、心に強く焼き付いているのですね。

  2. Mikio

    nonnoさん、コメントありがとうございました。
    仰るとおり、生命の誕生はいつでも感動的です。
    何故なら、そこには基本的に「愛」以外のものは存在しないからだと、私は思います。
    そしてあの時の私は、自分を山の兎かなんかだと、本当にそう思えましたね。(実は、兎年生まれなんですけど。)

  3. baku

    おそくなりましたが、お誕生日おめでとうございます。mikioさんmachikoさんに6人目の赤ちゃんがやってきて、わあ、おめでとう?と思っていたら、その1年あまりあとにウチには13年ぶりに2人目の赤ちゃんがやって来ました。残念ながらわたしはmachikoさんのような自宅出産が叶わず、病院出産となりましたが、やさしいスタッフと夫に見守られ「いいお産」でした。
    machikoさんが送ってくださったたくさんの産着・・・全国のお友だちから送ってもらったもの・・・を我が子に着せながら、これはどこに住むどんな赤ちゃんが着せてもらったものだろう、と たのしく、そして心あたたかくなる思いでした。あの何度も水を通したやわらかな布の感触はうっとりするほど とてもすてきなものでした。あらためて、ありがとうございました。
    子どもたちの成長にカンパイです。

  4. Mikio

    bakuさん、コメントありがとうございました。
    そちらも中身の濃い人生を歩んでますね。
    と言うより、どなたの人生も濃くて重いものだと。そしてかけがえのないものですから。
    誕生と、そしてそれにも増してれしいのは、子らの成長ですね。

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