心を痛めずにはいられない・・・

昨日の話題に関連します。

今回の原子力災害を前に、人は本当に千差万別、様々な反応をしています。
そしてそのことが、次から次へと人と人の間に無用な亀裂を生み出しています。


今日は、二つのブログ記事をご紹介いたします。


「農家に婿入りした男のブログZ」
http://ameblo.jp/noukanomuko/entry-10926646707.html


「作付けをしないことは、『農家の良心』ではない」
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-d02d.html


もうすでにご存じの方もいらっしゃるかも知れません。
否、それなら話は速いです。


まだの方は、どちらも長文ですが、ぜひご一読いただきたい。


このブログのお二方の立場の違いとそこから来る主張の違い、そこにコメントを投稿する方々の、またそれぞれ主張の違い、そのやり取りに触れて、心を痛めずにはいられない私です。


昨日私が申し上げた通りのことが起こっていると思うからです。


そして昨日の私の記事に、一つ付け加えさせていただきます。
よく「分からない」のは、実は放射能だけではないのですね。
いわゆる「現地の事情」もです。
人と人の間に無用の亀裂を生んでいる原因としては、むしろこちらの方が大きいかも知れません。

どなたにも申し上げたいのは、福島について語るのであれば、ぜひとも福島に来て胸一杯空気を吸い込んで、私たちと同じ線量を浴び、そして生の声に触れてからにして欲しいということです。


私たちにとって、ここはもはや戦場ですから。






 残留放射能検査報告

先月、沼ノ平地区で収穫されてライ麦と小麦について、残留放射能の検査を依頼しました。
検査機関は、神奈川県横浜市にある「同位体研究所」というところです。
精度の高い検査をすることで定評があると聞いていましたので、高い検査料を厭わず迷わずそこに決定しました。
結果は、二検体ともに不検出(ND)でした。
詳細は、検査報告書のコピー画像をご覧ください。


 


画像クリックで拡大します。


ついでに請求書もご覧ください。



先ずは一安心です。

この検査でさらに予測出来ることは、沼ノ平地区の米もほぼ間違いなく不検出(ND)になるだろうということです。
農家にとっても、消費者の方々にとっても、大きな朗報です。


 ★コメント受付再開します。

心を痛めずにはいられない・・・」への5件のフィードバック

  1. めぐ

    ブログ主様は最後から二つ目のパラグラフで「福島に来て・・・からにして欲しい」と書かれておられます。
    従って福島に行っていない私は、語れないということになります。

  2. Mikio

    めぐさん、コメントありがとうございました。
    実は、こういうご指摘は必ずあるものと承知しておりました。
    それでも敢えて申し上げたのは、現地の事情に触れもしないでいろいろなことを言う方が、あまりにも多いからです。
    真摯に福島のことを受けとめてくださる方も、沢山いらっしゃることは、もちろん承知しております。
    会津も含めて、福島県民の悩みがどれほど深いか、そのあたりのこと、どうぞお察しください。

  3. めぐ

    こんにちは
    実は私は、ブログ主様が紹介されているブログの下の方からこちらにお邪魔し、それで上の方を読んだ者です。
    それでは「福島について」でなく、ブログ主様が危惧されている点についての考えを書きます。
    私は生産者・消費者とも「自分の利益のために放射能問題に関心があると認識すること」が、協力し合うための大前提だと思います。
    生産者は「自分の生産物を売りたい」、消費者は「自分は安全な物を食べたい」、という当たり前だけれど自己中心的な動機がスタートであり、その上での「協力」だと思います。
    また生産者と消費者は対等ではありません。
    なぜなら消費者は顧客だからです。
    これは「消費者はエラいから大事にしろ」という意味でなく、生産者は自分が生産した物を売らなければ生活できないが、消費者は他の物を買うという選択肢があるという客観的な状況を指摘しているのです。
    また逆に戦中・戦後のように、極端に食べ物が不足すれば闇米の例のように農家は「強く」出ます。これも非難したいわけでなく、それが現実だという指摘です。
    更に、生産者といえども消費者の側面もあります。
    他方消費者には生産者の側面はありません。
    こういった事実を直視しないで議論を進めると農業者などの生産者側から、①共通の敵放射能との戦い②日本の農業を守って再生する、という大義名分の「正当性」に引きずられた主張が展開されるという気がしております。
    私自身は、顧客である消費者がリスク回避のために「危ないかもしれない物は買わない」のは消費者の自由であると考えております。
    そしてこう主張すると「じゃあ農薬まみれの外国産のものを食べるのか」と恫喝されるわけですが、生産者も同時に一消費者であるケースについてはそう主張する生産者自身、「危ないかもしれない物は買わない」選択をする場合が少なくないと想像しています。
    「立場の違いを認め合った上で協力すること」、それが必要だと強く感じています。

  4. Mikio

    めぐさん、コメントありがとうございます。
    この件に関しては、コメント欄で手短かにお答え出来ることではありませんので、近々自分のエントリーとして、回答になる部分も含めて書きたいと思います。

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