これからますます難しくなる一次産業

あと一か月半もすればあの大震災から一年、未体験の原子力災害と向き合って同じく一年です。
全く何から何まで翻弄され続けた一年でした。

いろいろなことが分かりました。
不勉強だったこと、能天気な安易な考えをしていたこと、政治家や官僚たちの不誠実を見抜けないでいた自分たちの馬鹿さ加減にも気が付きました。


長い長い一年でしたが、わずか一年では、放射能は無くなりも弱まりもしません。


むしろ放射能の害は、これからいろいろなところに神出鬼没に現れるだろうと思っています。
雨や風により、また川の流れや海流の動きにより、放射性物質が運ばれて思いもかけないところにホットスポットをつくり出す可能性が、本当にいくらでもあるからです。


農業や林業あるいは水産業などの一次産業が今後置かれる状況は、全く予断を許さないと思っています。


今日も、近所で薪を作って商売している人と話しましたが、もう多分何年も先まで福島から薪を出荷することは出来ないだろうと言っていました。
木炭もそうですね。
いろいろな効用が注目を集めていた木炭も、セシウム入りというのでは、全く価値のないものになってしまいました。


一方海に目を転じれば、恵み豊かな三陸の海は、悲しいことですが私が生きている間には、清浄にはならないかも知れません。
ワカメもホッキ貝も、あれ以来食べていません。


近くの山の山菜もキノコも、渓流のヤマメやイワナも、湖のワカサギも、季節季節に楽しんだものですが、去年も今年も、否何年先までも全部おあずけです。


こんなに沢山の失ったものと引き換えに得たものと言えば、ようやくこの世界の危うさに気付いたことくらいです。


全く途方もないほど、高い授業料ですね。


でも私たちは、この福島の自然の営みに頼って生きて行くしかありません。
どこかに避難するという選択は、もちろんありますが、福島に誰も居なくなるということはあり得ないことです。
では、誰が残ってそこで何をしているのか、それはとても重要なことです。


命あるものとして歩むべき、真に賢明な生存の道はどこにあるのか、ひょっとするとそれを見つけられるかも知れないと思うからです。