高野通信」カテゴリーアーカイブ

冬らしい一日


店の前にまだそのまま残っている風船かずらの実ザヤ
枯れて死んだ後もなお、新たな生命の種を護る役割を
果たしている姿に、感銘を受けずにはいられない私です。


 


一週間前、このまま春が来るのかと思わせるほど雪も消えかけていましたが、その後また寒さがやって来て雪も降って、そして昨日から今日にかけては大荒れ模様でした。
何と言ってもまだ2月ですから、この時期に雪が消えて土が顔を出すようだと、その後の寒さで植物が痛めつけられることになります。

小麦などは雪の下に護られて越冬していますから、雪は布団のような役割をしているのですね。
外気が真冬の氷点下の寒さでも、雪の下の地表面はちょうど0度前後に保たれて安定しているので、植物たちが冬眠するにはとても都合がいいのです。
太平洋側のむき出しの凍結した地表では、種以外は越冬出来ないものでも、雪国では十分暖かくなるまで雪に護られ、そして雪が融ければそれはそのまま必要な水の恵みとなって植物たちを潤します。
ですから雪国の春は、植物たちの勢いが違います。

雪国では、何かと言うと迷惑がられる雪ですが、本当はちゃんと役に立っていることを皆知っているので、今年のような雪の少なさには危機感を持っています。
地球温暖化の影響なんでしょうか。
近年の気候変動の大きさは・・・。
来週はまた気温が高くなるらしいですね。
もう少し冬将軍に頑張っていて欲しいと思っている私です。


    本日の食工房
今日は、寒い一日で雪も降っているし、果たしてご来店くださる方があるだろうかと思っていたら、午後少し遅い時間になって、福島から若いお友達が4人連れで押しかけて来てくれました。
そして、元気の素をいっぱい置いて行ってくれました。
ありがとう!


明日は、カフェクラブの集いです。
まだ若干名定員に余裕があります。
参加ご希望の方、これからでも間に合います。
お申し込みは、明日の朝でも大丈夫です。

午後2時より、終了随時。
参加費用は、お一人1000円です。

このまま春が来るのかな?

この冬の雪の少なさはちょっと異常です。
何年か前にも、かなり雪が少ない冬がありましたけど、その比ではないような気がします。
気温そのものが高いので、まだ2月も半ばだというのに、木の芽起こしのような雨が降っています。

つい先日まで店の前に屋根から落ちて積もっていた雪は、とうとう消えて無くなってしまいました。
日当たりの良い場所では、早くも福寿草が咲き始めています。
どうも今年はこのまま春に向かっていくのかなと思えます。
でもそうなると、例年ならまだまだ寒さの厳しい時期ですから、突然の寒の戻りが来た時にはダメージが大きいでしょうね。
植物たちがあまり慌てて芽を出さないように、気を揉んでいる私です。

そして一方では、今年の畑の計画も考え始めています。
おかげさまで、大根と白菜とジャガイモは、多分春になって傷みだすまでに食べ切れないくらいありますので、今年はそれ加えてサツマイモやネギその他何でも、挑戦してみようと思っています。
自家用の野菜なんてものは、面積にすれば本当にわずかで事足りるので、環境さえあるならやらないで置く手はありません。

素人百姓でも、一年間野菜を買わないで済ませることは、実現不可能ではないという気がしています。
いよいよ忙しくなることは目に見えていますが、それでもこの楽しみだけは譲れません。
今年は、お楽しみパッケージの中に、野菜を入れられるかも知れませんよ。
どうぞお楽しみに。



昨年夏、鍬を振るう私です。
全身から、「うれしい」を発して
いるのが分かりますか?

チャンスの神さま

「チャンスの神さまには、前髪しかない。通り過ぎてからいくら追いかけても、捕まえることは出来ない。」
ギリシャかどこかその辺りの国の諺だそうです。

なるほど、後ろは剥げているので、後ろ髪は掴めないってことなんですね。
それにしても上手いことを言ってますね。
「これってひょっとしてチャンス?」と思える時、しっかり確かめようといつまでも静観していると、はっきりそうと分かった時はもう遅いのですね。
リスクを恐れず、一歩踏み出して前髪をガッと掴めば、それが即ちチャンスというものだと・・・。

思い出してみると、私の人生の中にもその例えにピタッと来る瞬間がいくつかありましたね。
逆に見過ごして逃してしまったチャンスも沢山。

そしてピンチはチャンスとも言います。
行き詰ることによって、いつもなら捨てている可能性に目が向くということがあるものです。
そうしてみると、チャンスというものは最初からチャンスなのではなくて、自分でチャンスに出来る可能性のことを言っているように思います。

そういうことって、実は日常にいっぱい転がっているのかも知れません。
そして、自分はどんなチャンスを待っているのか、その次第によっては、大きなリスクに化けることだってありそうです。
「あなたの幸福論は?そのための日々の心がけは?」そんな問いかけを自らにしてみる私です。

今年もやって来ました!確定申告。

先日、大きく分厚い封書が一冊届きました。
一目みて分かる、税務署からの確定申告の書類です。

昨年の今頃、経理だけは何年やっても好きになれないと書いたのを、今読み返していたところです。
その時、初めてエクセル使いに挑戦してしているということにも触れたのですが、その後日談・・・。

私が予感したとおり、エクセルは私の頭にはすごく相性の良い機能だということが分かりました。
ああ、もっと早くにもっと本格的に勉強しておけば良かった。

毎日の売り上げや仕入れその他の収支を、計算したり帳簿に付けたりするのは本当に死ぬほど苦痛だと思いますが、数値を入力するだけで計算結果を自動的に出してくれる仕組みを考えることだったら、逆にこんな面白いことはないと思えるから不思議です。
私は、意外にソフト開発者に向いているかも知れません。
もちろんいくら向いてたってやりませんけど・・・。

そんなこんなで昨年分の経理は、少し不備ながらも毎日の収支は数値を入力するだけでいいというところまで実現しました。
今年は、試験的にやって来た納品書の発行も、もっとちゃんと使えるように、データベースの作り方や使い方を勉強したいと思っています。
特に納品書発行は、出荷土壇場になって変更が出て書き直しということがしょっちゅうありますので、手書きだと本当にストレスで頭がおかしくなってしまいます。
PCで発行すれば、変更になったところだけ訂正すれば、最後の請求額まで全て自動的に訂正されて、それをもう一度印刷すればいいだけなので、紙面が汚くなることもなくストレスからも解放されます。

皆さまご存知のように、食工房にはレジスターというものがありません。
本当は欲しかったのですが、電子経理と連動するためにどの程度のものを導入したら良いのか、まだPCも導入していなかった時にそんなことだけは頭をかすめて、結局買えずじまいになってしまった経緯があるのです。
今年は、そのへんも少しは理解が及んで来ましたので、ひょっとすると「レシートください。」と言われても、恥をかかずに済むようになるかも知れません。
エクセルのおかげで、少しだけ経理が楽しくなった私です。

ちなみに、今はOpen Office.org の Calk というアプリケーションに切り替えています。(基本的にエクセルと全く同じと考えて良いアプリケーションです。)

いきなりガツンと来ました。

二度目の風邪でした。
先週、風邪が治って絶好調で仕事をしている最中、ちょっと人が集まる場へ出席する機会がありました。
場内には風邪をひいている人が沢山いたらしく、あちらでもこちらでも咳き込む声が聞こえていました。
帰宅してからすぐに入念に手洗いとうがいをしましたが、感染を免れなかった模様。
その日を入れて3日間は何事もなく過ぎて仕事もはかどりました。
今になって思い返すと、微妙な変調はあったと分かるのですが、その時は何でもないと思いました。
それが4日目も午後になって突然、寒気と頭痛が襲って来ました。
「しまった、やられた!」と気がついて、迷わず布団に入り横になりました。
そのまま、夕食もとらず風呂にも入らず、寝床に湯たんぽを入れて朝まで寝ていました。
昨日一日と今朝まで、食事とトイレ以外はずっと寝ていました。
そして今日はもうずっと回復して、気持ちもシャンとしています。

それにしても、何日か前に「ン?・・・」感じた時に休んでおけば良かったんでしょうかね?
とは言っても、調子良く仕事出来てるのに休む決断をするのは、なかなか出来ませんね。
いい具合に定休日にかかっていたのが幸いでした。
でも、「パンだより」の編集をしようと思っていたのは、不意になってしまいました。
欲張ってもダメ!と言われたような気がします。
おかげさまで、明日のパン焼きは大丈夫そうです。


 




食工房マイルドブレンド 新登場                       習刊「コーヒー通信」



今までの食工房のオリジナルブレンドは、香りの高さを演出するために深炒り豆を配合していましたが、マイルドブレンドではそれを止めてミディアムローストのみのブレンドにしました。
セラードの逸品、素晴らしいロースと香のブルボンクラシコとバランスの良い苦味と酸味のペルーオーガニック、コチャパンパのシンプルなブレンドです。
しかし、飲み口はマイルドでも奥の深い味わい、甘みを思わせるナッツ系の香ばしさに、きっとどなたも好感を持たれると思います。
少し低めの温度で抽出することで、いっそうその特長を引き出すことが出来ます。

    食工房マイルドブレンド 100g 450円 100g以上計り売りにて承ります。


  おしらせ
今週は、木曜日・クリングラ、土曜日・カネリプッラです。
マフィンは、シマリス君の朝ごはん、スィートハート、そば粉マフィンの3種を予定しています。

久しぶりに、また写真の話しでも

以前、写真に打ち込んでいた時期があったことは、すでにお話したと思います。
会津に来てからは、生活が変わってすっかり忙しい人になり、カメラはあっても触る時間がない、フィルム現像のお金もそうそう自由にならない状況で早や5年が過ぎてしまいました。

今はコンパクトデジタルカメラを手に入れたので、フィルム代も現像代も気にすることなく、チャンスさえあればまた撮るようになりました。
ブログのネタにもなるし、商売上商品の写真も必要だし、それにやはり写真は自分に一番向いている趣味だと思い知りました。
一人で静かに被写体と向かい合う時間が、私にはとても栄養になるのです。

だから人を撮るのは、はっきり言ってちょっと苦手です。
家族や親しい人の写真ならいいのですが・・・。

それで今日は、「駅カフェ」さんまで納品に行った折、少し時間があったのとたまたま他にお客さまがいなかったので、店内の写真を撮らせてもらいました。

写真で面白いことは、同じ情景を撮っても露出の決め方で全然違った表情に写ることです。
コンデジだと、おまかせモードで撮ると勝手にストロボが発光したりして、イメージぶち壊しの写真になったりするので、私はノンストロボか強制発光かのどちらかで撮るようにしています。

店内は少し暗いので、どうしてもシャッターが遅くなり手ブレのリスクがありますが、まさか三脚は立てられませんから、壁や柱やテーブルや椅子などにカメラを押し付けて動かないようにしています。
でも、どうしても手持ちじゃないと撮れないアングルになる時は、静かに一呼吸した後息を止めてシャッターを押します。
同じシーンを何枚も撮っておくと、1枚くらいとても上手く撮れていることがあります。
そういうところは、デジタルカメラの大きな利点ですね。
撮った画像もその場で見られるので、思ったように撮れていない時は、何回でも撮りなおします。
ただ、ファインダーを覗いて撮る一眼レフと違って、レンズも小さいしマニュアルフォーカスも使えませんから、いろいろ不満は残ります。
まあでも、どうしてもという時はフィルム一眼もあることだし、贅沢は言えません。
それより、融通の利かないコンデジをどうやって騙して意図した露出を得るか、そんな工夫を楽しんでいます。

前置きが長くなりましたが、今日撮った中から3枚ご覧に入れます。
駅カフェに行ったことがおありの方は、これらの写真が上手く撮れているかどうか、お分かりになることでしょう。
自分なりに、精いっぱい駅カフェさんをいい印象でご紹介したいと思って撮ったつもりです。
ご批評などいただければ、今後の糧といたしますのでどうぞよろしくお願いします。


 



窓際の白熱灯の明かりがとても素敵なので、
そのイメージを壊さないように、でも逆行で周りが
真っ暗に写ってしまうので、弱めにストロボを当てています。
ストロボの光量調節は、発光部にティッシュペーパーを当てて。


 



スローシャッターになるので、柱に固定して撮りました。
やはりストロボ使っています。
以前同じところを撮っていますが、
雰囲気が全然違って写っています。


 



駅カフェのコーヒーメニューの中で、
私の一番のおすすめは、これ。
アイン シュペンナー(ウィンナーコーヒー)

これは、ノンストロボ手持ち撮影。
超スローシャッター(1/20)
マクロ撮影モード使用。


 

風邪とドカ雪

習刊 コーヒー通信 お休みしました。



どうやら家族中で風邪をひいてしまいました。
先日、知り合いのお宅に家族皆でお邪魔した折、先方はこのお正月にひどい風邪をひいて回復したばかり、もらって来る可能性大だと用心していましたが、やっぱりひいてしまいました。
まあ、インフルエンザは避けるばかりが賢明とは言えない代物なので、感染したらしたで早いところ体内のウィルス定義を更新して、免疫を獲得した方が得策なんですね。
明日のパン焼きもあるし、大きく体調を崩してはいられないので、もう昨日から大事をとって今日も一日横になっていました。
時々起きて、うがいと水分補給をし、途中ちゃんと食事も摂って体力温存をはかっています。
まだ本調子ではありませんが、冷静に対応していると体がいろいろに反応している様子が自覚出来るので、その要求に応えるだけです。
もうほとんど悪寒や不快感はなくなりましたので、あとは調子に乗らないように気を付けるだけです。
そのようなわけで、先ほど明日のための計量を終えたところです。
それでみのりのパンだけは、明日は外させていただきます。
土曜日に干し柿入りバージョンで焼きますので、どうぞご期待ください。


さて一昨日以来、昨日も今朝もドカ雪です。
今朝お店の前は、除雪車がせり上げた雪で出入りが出来なくなっていましたので、一人元気な末娘に雪かたしを頼みました。
車の屋根と周り、家の出入り口と表までの通路もきれいにしてくれました。
そうしたら夕方、また屋根の上から大量の雪が落ちて塞がってしまいましたので、今度は私も様子を見ながら、一緒に雪かたしをやるつもりです。
健康管理と状況への的確な判断と早めの対応、北国の冬の暮らしはある意味命がけです。

歳の神・2009

はてさて・・・今年は、写真はありません。

昨年の歳の神で、あまりにもドラマチックな写真が撮れたので、今年も・・・とカメラを持って出かけましたが、いざその場になったらどういうわけか全然撮る気になりませんでした。
それより、ちゃんとその場にいて最初から最後まで、肌身に感じて味わいたいという気がしていました。
そうです・・・、写真を撮ろうとするとどうしても観察者的スタンスになって、関わりの密度が薄くなり、物足りない感じがするからです。
それに、こういうことを言うとオカルトだと気味悪がられるかも知れませんけど、「今年は撮らなくていい。その代わりしっかりその目で見ておれ。」という声を聴いたような気がしたのです。


今年は、昨年のブログを読んで、餅の代わりにパンを焼いてみようと思っていたのを思い出し、ロールパンを2袋ほど用意して行きました。
竹の棒にパンを差していたら、皆さんが愉快そうに笑っていたので、そばにいた人にもパンを渡して差してもらいました。
そうしたらとってもいい具合に焼けてホカホカで美味しかったので、区長さんにもおすすめして食べていただきました。

それでまた今年は、火の回りがとても速くて勢いが良く、高く天に向かって火柱と火の粉が吹き上がって行く様子に、どう頑張ってもこの迫力は写真には撮れなかったと納得しました。

かくして今年の歳の神も無事に終わり、いよいよこれで新年の活動が本式に始まるのだという区切りがついたようで、清々しい気持ちになっている自分に気がつきました。

今年もよい年になりますように・・・

32年前に語られた「食糧危機」

食工房

古い雑誌からは、その時代の流行など貴重な情報が沢山得られて、とても興味深く面白いです。


食工房

質的貧困の問題にも触れた貴重な意見も・・・。

昨年末、おせち料理をこしらえていた時のことです。
毎年引っ張り出してくる料理本が一冊、「栄養と料理・1976年1月号」です。
私たちが結婚したばかりの頃に、連れ合いが買ったものです。

以来毎年、年末になると台所で開かれたこの本は、今では年期が入って紙の色がすっかり焼けて変わってしまっています。
我が家のおせち料理は、この本を参考にしながら我が家流の手加減を加えて造っています。

さて前置きが長くなってしまいましたが、実はこの本には、「気にかかる食糧危機・私たちの食生活はこれからどうなるか」という特別記事が掲載されているのです。
今までに何度も目に入っているはずなのですが、昨年末はその見出しが妙に気になり、久しぶりに読み返して見ました。

今から32年も前に取り上げられた食糧危機の話題がどんなものだったか、ここ2、3年注目されるようになって来た、世界的な食料不足とわが国の食料自給率の低さの問題に通じる指摘があったかどうか興味津々でした。

32年前というと、まだ先の大戦の戦中戦後の食糧難を体験して人たちが沢山いて、食べる物を粗末にするなという戒めは、世の中の常識として失われていなかったと思います。
そういう先人達の努力によって豊かになったと言われた時代に、早くも食糧危機を予見する意見があったにもかかわらず、今、深刻な食料問題を前にしている私達には、反省すべき点が沢山あると思います。

その記事の中では、日本の食糧自給率・カロリーベースが50%を割りそうだと指摘されているのです。
そして、国家間の食糧事情の格差のことも問題視しています。
アメリカや日本などの豊かな国の摂取カロリーと、アフリカなど貧困国の摂取カロリーに、どれほどの格差があるかということにも触れています。

さらにこの時代、遺伝子組み換え食品は全く現実のものではありませんでしたが、それでも何か、今までは食料ではなかったものを食料として実用化することも必要になって来るだろうと結論しているのです。

それから32年たった今、私たちが迎えている現状は、食料自給率・カロリーベース40%、穀物自給率27%、加えて世界的な食糧不足。
一体この間、私たちは何を目指してきたのでしょう・・・。

そして最近のニュースでは、野菜工場構想を国家が支援することが本決まりになるようです。
土の上で自然の計らいに依存して生産するのに比べて20倍の生産量があり、天候不良などのリスクもない確実な食糧生産が可能だと結論しています。

果たしてこういう発想なり道筋が正しいのか・・・?私にはとてもとても疑問です。
>私には、工場で生産された食料を食べる私たちと、巨大なゲージで管理飼育されている家畜の姿が重なります。

自然であること、自然の計らいから逸脱しないことの大切さは、時に先端的な科学技術の前に無力に見えますが、たとえ宗教と言われようと哲学と言われようと、最後には科学自身がそれを証明するに違いないと私は思っています。

2009年が、良い年でありますように・・・

この年末も、昨年と同じように過ごしています。
昨日、この屋敷内にあるお稲荷さまに御餅を差し上げて、そして今日はまた大雪です。
雪国のお正月らしい、と私が勝手に思っているだけかも知れませんが、とてもいい風情です。
家の中には、取り込んだ大根と白菜が沢山、じゃがいももかぼちゃも、そしてお餅。
パンも残っています。
雨露しのげる家があって、暖かい寝床があって、寒くない程度に着るものがあって、そして食べるものがあれば、これで十分。


たった今、そばを打って皆で食べました。
後片付けが終わったら、あとの何時間か、静かにこの一年のことをふり返ってみようと思っています。


来る2009年が、どなたにとっても良い年でありますよう祈念いたします。


この一年間のお付き合いに感謝!