今日は雨模様、親戚の人二人にそれぞれ面会し、時間が過ぎました。
外に見えている高知ではなく、内側から見た高知の話しをいろいろと聞くことが出来ました。
そして改めて、故郷の重さを感じる私でした。
思えば若い頃、故郷高知を飛び出して以来、一所に長居することなく次々と生活の場を移して来た私、連れ合いも大都会の生まれで引っ越しが多い家庭でしたから・・・。
そして東北会津の地に辿り着いたものの、結局子ども達には故郷という名の拠り所はないのです。
風の人<参照>であるのはいいとしても、この私だけにはまだ故郷と呼べる場所があることが、申し訳ないようなとても微妙な気持ちになるのです。
長く定着する人ばかりでは、社会はやがて停滞するのが宿命ですから、動いて流れる人が役に立つ機会はいつでもあることは、もう分かっています。
子ども達には、それぞれの場所で人に喜ばれる仕事をして、周りに重宝がられる人になって欲しいと、身勝手と思いつつそう願うしかない私です。
やがて私が死んだ時、骨は一つは両親と一緒の墓に、あとは私が足跡を残して来た場所場所の、ここと覚えのある箇所にそっと散骨して来てもらおうと思っています。
ああ、個人的かつ湿っぽい話しになってしまいました・・・。
明日は、妹と一緒に馬路村へドライブです。