米粉パン異論

パン屋を始めて8年目です。
この間、米粉パンは造らないんですかとご質問をいただいたことは、一度や二度ではありませんでした。
その度に、残念ながらうちでは焼くつもりはありませんとご説明して来ましたが、ここらで米粉のパンについて、はっきりと異論を申し上げておこうと思います。


昨日、小麦価格の値上げの話題に触れましたが、世の中には、それなら米からパンを造ればいいじゃないか、米からもパンが造れるようになったんだから・・・、そんな意見もあるのですね。


ところがそうは問屋がおろしません!と、先ずは申し上げなくてはなりません。


米粉のパンには、当初この私も並々ならぬ関心を持ったことがあり、仔細にその中身を調べました。
先ず問題の米粉ですが、製パン用の米粉には小麦由来のグルテンが添加されています。


どなたもご存じのように、小麦粉に水を加えて捏ねると、やわらかく弾力のある生地になります。
イーストや天然酵母、あるいはベーキングパウダーなどを使って膨らませると、その形を保ったまま焼き上がり、冷めてからも潰れることがありません。
ふっくらとしたパンやケーキなどが造れるのは、このグルテンの性質が効いているからです。

このグルテンは、たんぱく質の一種で小麦に特有の成分です。
大体、小麦原穀の中に10%前後含まれています。


ところが米にはグルテンはありませんから、水を加えて捏ねても粘りや弾力のある生地にはなりません。
皆さんご存じの通りの、あの団子の生地です。
煎餅のように硬くすれば膨らませたままにしておくことが出来ますが、パンやケーキのようにフンワリしっとりの食感は、どうしたって得ることが出来ません。


そこでグルテンを添加することを思い付いたわけです。
実は、単にグルテンを添加するだけなら、もう30年も前に、この私も試したことがあります。
しかしこれだけでは、米粉に小麦そっくりの性質を持たせることは出来ませんでした。

米は、普通に製粉機で挽いても、小麦のような微粉にはなりません。
粉の粒度が粗いと吸水率が低く、沢山水分を加えても分離してしまうだけで、小麦粉のようにやわらかい生地にはなりません。


そこで、特殊な製粉方法が考案されました。<参照>

実はそれがきっかけとなって、米でもパンが造れるという可能性が、大きく宣伝されるようになったのです。


ま、それはいいとして、やはり小麦由来のグルテンを添加しないことには、どうしたって小麦と同じ性質は生まれませんから、ここで一つ皆さんにも考えていただきたいのです。


製パン用米粉には、グルテンが約15%添加されています。
製パン用米粉1kgの中身は、純粋な米の粉が0.85kg、そして小麦由来のグルテンが0.15kgです。
0.85kgの米粉を造るのに必要な玄米が、大体1kg。
0.15kgのグルテンを取り出すのに必要な小麦は1.5kg。
つまり、1kgの製パン用米粉を造るために、玄米1キログラムと小麦1.5kgが必要だということです。


余談になりますが、小麦からグルテンを取り出すには、先ず小麦粉を挽かなくてはなりません。
その小麦粉に水を加えてよく練り、出来上がった生地を今度は水洗いします。
すると、デンプンだけが水に洗い流されて、グルテンが固まりとなって残ります。
これを乾燥させて粉末にしたものが、件のグルテン粉です。


ちなみに洗い流された大量のデンプン(約80%にもなる)は回収されて、片栗粉あるいはコーンスターチに似た「浮き粉」と呼ばれる真っ白な粉末となり様々に利用されます。


さて、そのようにして造られる製パン用米粉、小麦に無縁どころか、逆に小麦が無かったらあり得ないものだということが、これでお分かりになると思います。


そういう裏のからくりを伏せたままにしておいて、一方で米粉パン万歳!の風潮をつくり上げているのです。


今、水田の転作作物として、米粉加工用の米を作付けすると高額の補助金を受けられるという農業政策があります。
1aあたり、大豆や菜種で3万円のところ8万円だそうです。


そしてまた、米粉製粉プラント新設に対しても、莫大な額の支援策が用意されており、さらに学校給食に米粉パン製造で参入する事業者にも手厚い支援制度があります。


これからは、パンは米から造れと言っているように思えます。


賢明な皆さんはもうお分かりでしょう。


一方で米より多くの小麦を必要とする米粉のパンですよ!


そのうちに、遺伝子技術を使って、グルテンを含有する米をつくり出すでしょうか・・・。
やりかねませんね。


元々米は、粒のままでも炊飯して食べられる優れた穀物です。
小麦は、粒のままでは食べ難かったから、粉に挽いて使う方法が発達したに過ぎません。


米をご飯に炊いて、おにぎりにして食べるこの国の食文化は、長い歴史の中で米の性質に合って完成されて来た、理由のあるしかも優れた食文化です。


パンも、やはり長い歴史の中で小麦の性質に合って発達して来た、これはこれで深みのある食文化です。


そのどちらをも尊重することなく、パン食が増えて来ているんだから、米でパンを造れば米の消費が増えるだろうなどという浅薄な発想で生み出された米粉も米粉のパンも、決して日本の食文化にはなり得ないと私は思います。
それどころか、日本の食文化を崩壊させる可能性さえあるのではないかと思っているのです。


先ずは、一粒の米、一粒の麦、その恵みに見えざる者の計らいと技を感じなくては・・・。

米粉パン異論」への2件のフィードバック

  1. Mikio

    還元太郎さん、コメントありがとうございました。
    実は米粉のパンは、私も知らない間にもう一歩先へ進んでいました。
    その話はまた後日。

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