ヒグラシ



我が家の裏の杉林は、水木しげるの世界
そのもののような、異次元空間です。


蝉の話です。
日の暮れ時に鳴くので「ヒグラシ」と呼ぶようになったのでしょうか。
でも日中、雷雲に覆われて急にあたりが暗くなった時などにも、声を聴きますね。

それより何より、夏の明け方辺りが白み始めた頃、一斉に鳴き始めるヒグラシの声は、はるかにドラマチックに聴こえます。
ある時間になると、と言うより明るさに反応しているのだと思いますが、その瞬間が来ると先ず第一声はどこか遠くから、まるでこの世ではない場所から聴こえて来るかのように、本当にかすかにではあっても、はっきりとそれまでの静寂を破って耳に飛び込んで来るのです。
そしてそれが少しずつ近づいて来るように、次第に辺り中に広まって、ほんの数分のうちにヒグラシの鳴き声に埋め尽くされるのです。
まるで大海原のうねりのように、強く弱く、くり返しくり返し、切れ目なくほとんど環境音のように、それは一時間近くも続きます。
そしてその時が来ると、また突然数分のうちに、遠くへと去って行くように鳴き声は聴こえなくなってしまいます。
その間にすっかり夜が明けて、後にはニイニイゼミの声が太陽と暑さを呼んでいるのです。

寝床の中で目を覚ましながら聴くこのヒグラシの声は、私には、彼岸を越えてやって来た死者たちの霊が呼びかけているように聴こえます。
それは、嘆きのように、警告のように、あるいは戒めのようにも聴こえます。
一日の始まりに、死者たちからそんなメッセージを受け取った気がするというのは、何かとても複雑な気持ちになります。
どうしたって気にしないわけには行きません。
毎日毎日、この世に在るすべてのものごとの意味を、よく考えてから事を成せ、と言っているのでしょうか。
パンを焼くことも、一杯のコーヒーを飲むことも・・・。
一日を始める前に、祈らずにはいられない私です。

そう言えば、「蝉」という字は「禅」と同じつくりですね。「ツクツクホウシ」のホウシは「法師」ですし、何か仏教に縁が深いのでしょうか。