高野通信」カテゴリーアーカイブ

ただいま調整中です。

昨日のブログでも申し上げましたように、風邪が回っておりますので、定休日の今日は、これといったことをしないようにして、緩々と過ごしています。
こういう時、自分の体の声を聞くという感覚がとても大切だと実感します。
今日は一日、自分は何をしたいか、または何をしたくないかなどと自問自答していたら、薪ストーブを焚いて側に長椅子を置き、そこでヤカンの湯が沸騰する音を聴きながらうたた寝したい自分に気づきました。
しかし今は、それは叶わない願いですので、畳の上に座布団を敷いて寝たり起きたりしながら、二人の娘に交替で背中を指圧してもらったり、肩を揉んでもらったりしました。
少し元気が出て来ましたので、「パンだより4月号」の編集も、休み休み進めました。
そうしている間にも、二三件ご注文の電話が入り、早く回復しなくてはと焦る自分をなだめているところです。
多分多くの方にとって、今の私の状態はまだまだ無理の利く状態だと思いますが、医者と薬のお世話にならないためには、ここで調整することが何より大切と肝に銘じているところです。
どんな調整をしているのか、それは良い結果が出るようなら、後日、皆さまにもご報告したいと思っています。




緑は、癒しの色だそうですね。
昔撮った写真ですが、今日の気分に合
いそうなので引っ張り出して来ました。

made in 会津



made in 会津 蕎麦の花の蜂蜜

予備知識がなかったら、蜂蜜だと
思わないかも知れませんね。


珍しいものをいただきました。
このブログに、時々コメントを寄せてくださるオリオリさんからのプレゼントです。
私が度々駅カフェに納品に行くのをご存知で、託けておいてくださったのを、先日受け取ってきました。
中身は、色と香りと味からして、蕎麦の花の蜜ですね。
栃の花の蜜が混ざっているような感じもします。
お宅でミツバチを飼っていらっしゃるそうで、正真正銘のmade in 会津です。
野性味あふれるクセのある風味が、逆にまたクセになりそうです。
自然をいただくというのは、こういうものを口に入れることを言うのだと、改めて思うことしきりです。
一日一なめ、滋養になりそうです。
ありがとうございました。

  風邪が回って来ました。
先々週、息子が持ち込んで来た風邪が潜伏して、連れ合い経由で今、私のところにも回って来ています。
最初から喉に来る風邪のようで、声が出にくくなっています。
それ以外不快感はないのですが、疲れやすくなっています。
風邪は、感染を完全に防ぐのは無理ですし、そればかりが良策とも思えません。
感染しつつ、軽い症状のうちに回復するのが、免疫獲得という観点からは最良だと思っています。
今日明日の過ごし方で、可否が決まると思っています。
いやはや、明日が定休日で良かったです。
食事、睡眠、体操、そして何よりゆったりと過ごすこと、心身のメンテナンスをしたいと思っています。

コーヒーの香りに浸った午後



どの銘柄も、炒り立てであることが
一目瞭然の、すばらしい泡立ち。


今日は、予定していたカフェクラブイベントを、定員満員の5人のご参加を仰ぎ、開催しました。
今日のテーマは、他店のコーヒーを交えて、食工房のコーヒーも含めいろいろなコーヒーをテイスティングしていただくことでした。
こういう場合、それぞれのサンプルを堪能するほど召し上がったのではテイスティングになりませんから、一口ずつと言うわけで、何だかお仕事させているようで申し訳ない感じがしましたが、皆さんそれなりに面白がってお付き合いくださいました。
地元をはじめあちこちの有名コーヒー店からと、食工房のものを合わせて12銘柄を予定しましたが、全部やるのはさすがに苦痛になってしまうということで、途中で切り上げました。
何と言っても本日のメインは、先日も取り上げた「沖縄コーヒー」で、皆さまの期待も一番大きかったので、これだけは一番最後のしめくくりに一口だけでなくカップ一杯分堪能していただきました。
幸い、沖縄コーヒーはどなたにも概して好評で、これはうれしい結果でした。
そして、それ以外の各銘柄は、やはり嗜好品の性質上評価はまちまちで、どこのお店もそれぞれに努力して、独自の味を出すことを目指しているのがよく分かりました。
食工房にとっても、大変参考になる貴重な情報を得られる、良い機会になりました。
ご参加くださった方々に、改めてこの場を借りてお礼申し上げます。
そんなわけで今日の午後は、ずっとコーヒーの香りに浸りきって、ちょっと満足を通り越すほどでした。
でも、明日の朝にはまたコーヒーを飲みたくなっていることは、間違いありません。

ネコヤナギ

ネコヤナギと言えば、いち早く春の訪れを告げる植物として、誰でも良くご存知のことと思います。
柳は水と親しい植物で、柳のあるところには必ず水脈があると言われています。
井戸を掘る時は、その前に柳の枝を使って水脈を探す方法があると、何かの本に書いてあるのを読んだ覚えがあります。
ネコヤナギは、中でも特別水と親しいと見えます。
たいてい、川岸の根元が水に浸るようなところに生えています。
時には、流れの只中の中島のような岩の上に生えているものもあります。
洪水の時、すっかり水の底に沈んでしまうほどでも、たくましく根を張って生きている姿は、驚嘆に値します。




2003年3月 獏の空の下にて


 春一番に、綿毛に包まれて芽吹いて来るのは、あれは花です。
ネコヤナギは雌雄別株で、それぞれに雌花と雄花が咲きます。
写真は、雄花が開花しつつあるところ。
最初、白い綿毛のまん中あたりから赤みをおび、やがて黄色い花粉が詰まったヤクが開きます。
この黄色い花粉が、川風に乗って飛び出す瞬間を撮りたいと、何度か挑戦しましたが未だ果せません。
おまけに会津に来てからは忙しくて、ネコヤナギの写真を撮りに行くことも出来ないでいます。
以前、山暮らしをしていた頃は、毎日、すぐ下の川に様子を見に行って、チャンスを窺ったものでした。
流れの中の岩の上に生えている株を写真に撮りたくて、薮を漕いで川岸を這いずり、飛び石伝いにその場所まで辿り着くのは容易ではありませんでしたが、流れの中で一時間もそれ以上も、ネコヤナギと対話しているのは、なかなかいい時間でありました。




2003年 獏の空の下にて 
この写真は、元画像が見当たらないため、
カラーコピーしたものから編集しています。



  柳の笛
北欧には、柳の笛という楽器があります。
スウェーデン語で、Salg(セリ・ネコヤナギ) Flojt(フレイト・笛)と呼ばれるその笛は、春を迎えたばかりのネコヤナギのやわらかい樹皮を剥ぎ取り、乾燥させて丸く細長い筒をつくり、それに細工をして音が出るようにしたものです。
何の変哲もない、指穴もないその笛は、管の長さからは予想外の甲高い音色で、不思議な音階を奏でます。<参照記事>
倍音だけで旋律を奏でる音楽は、何か私たちの精神状態を特別なものにする力があるように感じます。
柳は洋の東西を問わず、霊力、時に魔力を宿す不思議な木と目されていますが、楽器になって尚その力を発揮する柳と、それを愛でる人の心とのかかわりの不思議さを思わずにはいられない私です。

気がつけば一年過ぎていました。

昨日3月27日は、このブログを始めて一周年の日でした。
いやはや、全く忘れていました。
そして今日は今日で、ブログのネタを考えつかないまま、いつの間にかこの時間になっていました。
別にボーっとしていたわけじゃないのですが、逆に、今一周年を思い出してしまって、頭が働きません。
これからも続けて行きますので、どうぞよろしくお願いいたします。

福寿草とアズマイチゲ・その2



福寿草の花芯

満開の花の艶かしさに、
いつもドキドキしてしまいます。



こちらはアズマイチゲの花芯
花粉まで写っていて、ちょっと驚き。
コンパクトデジカメでも、条件が良ければ
結構なものだと、認識を新たにしました。


先日、福寿草とアズマイチゲの写真を撮ってブログに載せた後、上の娘と何枚かの写真を見ながら話しをしていました。<参照>
そうしたら、「花びらに見えるのは、本当は別なものが変形したものらしい。」と教えてくれました。

もう何度も申し上げていますが、会津に来る前、私たちは阿武隈の山中で14年間山暮らしをしていました。
その間、子ども達は、毎日自然の中にいて否応なく観察の機会がありました。
そして男の子たちは、虫や魚や動物のことに詳しくなり、上の娘は植物のことに詳しくなりました。

それで、改めて調べて確認したところ、福寿草もアズマイチゲも、花びらに見える部分は実はガクで、花弁(花びら)は退化してしまっています。
中央に雌しべの固まりがあり、周りを取り囲むように雄しべが配置されている様子は、福寿草もアズマイチゲも全く同じです。
ちょっと見には全然違った形をしていますが、拡大して見ると、花のつくりは全く同じで驚きです。

キンポウゲ科全体の特徴なのでしょうか・・・。
これから調べてみようかと思います。
トリカブトとかオダマキソウとか、とにかく変わった形のものが多いのですね。

それでもう一つ驚いたのは、福寿草の毒はトリカブト並みの猛毒だということです。
しかも部位は、全草。
だから薬用にも使われるということなのでしょうね。
トリカブトもそうでしたね。たしか、心臓の薬です。

ちなみに、フキノトウと間違えて誤食する事故が起こっているそうです。
そして蜜のことも、ちょっと気になります。
トリカブトの蜂蜜では、死亡例があるそうです。 ※以前読んだ、山野草の図鑑か雑誌に載っていました。
多分、福寿草も危ないでしょうね。 やはり、美しい花は、眺めるだけにしておきましょう。

・・・と、ちょっと怖がらせてしまったかも知れませんが、自然界には、この手のものはどこにでもいくらでもあります。
山暮らしの時は、そういう山の中の沢水を直に飲んでいましたが、健康に害を受けた覚えはありません。
自然とはそういうものだと思っています。


本日の食工房
今日は、忙しい木曜日の例に倣って、パン焼きに明け暮れました。
酵母の調子も絶好調。 おいしいパンが沢山焼けました。
明日はマフィンとスコーンです。 「びおとーぷ」さんへ出荷もあります。
皆さまのご来店をお待ちしております。

福寿草とアズマイチゲ



フクジュソウ
一冬雪の下になっていた地面は、昨年の落ち葉が土に還ろうとしているところ。
色味のない地面に、福寿草の黄色はひときわ明るく輝いて見えます。



アズマイチゲ
わずかな風に、小刻みに揺れてなかなかシャッターチャンスを与えてくれません。



アズマイチゲの小さな花びらも、よく見るととても表情のある凝ったつくりです。



我が家に春を告げる二つの花が、庭の日だまりに咲きました。
何日か前からすでに咲き始めていたようですが、忙しくて気にしている余裕がありませんでした。
今日は午前中、地区の総会があり出席。
お昼過ぎに帰って来て、仕事を始める前にちょっと時間をもらって庭で写真を撮りました。


薄日が差していて、花びらは満開の状態です。
風も弱かったので、いいコンディションでした。
欲を言えばフィルム一眼レフで撮りたいところでしたが、わずかな時間にお店開きをすることも出来ませんので、コンパクトデジカメでササッと撮りました。
福寿草はとてもエネルギッシュに見える花ですね。
まるでお日さまをとり込んだかのように、角度によって、花びらが中から光を放っているように輝いて見えます。
それに比べてアズマイチゲは、繊細可憐なイメージです。
わずかの風で花びらが不規則に小刻みに震え、花同士が笑いさざめきながら、楽しくおしゃべりしているようです。


ところで、この二つの花はどちらもキンポウゲ科なのですね。
キンポウゲ科はそのほとんどが毒草で、その分薬用になったりするのですが、見た目は美しくても食用にはなりません。
福寿草もアズマイチゲも、その例に漏れず毒草です。
ちなみに、猛毒のトリカブトもキンポウゲ科です。
でも見ていると、虫たちはせっせと蜜を集めにやって来ます。
虫たちには害がないのか、それとも蜜には毒が無いのでしょうか。
いずれにしても、私たちの目を楽しませてくれるだけでも、素晴らしい自然の恵みです。


  本日の食工房
今日は、午後からどろんこクッキーを焼き、その後、昨日焼いておいたブラウニーをカットしました。
そして明日は、文旦ピールをつくるのでその仕度。
作業場はずっと、チョコレートとバニラとラムレーズンと文旦ピールの香りに満ち満ちていました。
今日もお天気に誘われて、午後の一時、お客様が次々と見えました。

春の健康管理

春になって暖かさが増して来ると、体の代謝がにわかに活発になります。
秋から冬を過ぎるまで、体は代謝を抑え、エネルギーを蓄える方向に回っています。
ということは、老廃物も幾分一緒に溜まっているということになります。
春になって代謝が盛んになると、そうしたものが一時にあふれ出して来ます。
その結果、いろいろと体に変調を来たすことがあります。
医学的にはどういう見解なのか分かりませんが、マクロ的には、そういうふうに捉えています。


ところで私は子どもの頃、3月から4月にかけて、たいてい風邪のような症状に始まって体調を崩し、一週間から十日間くらい、長い時には半月くらい寝込んでいました。
医者に行って注射を打ってもらったり、薬をもらって飲んでも、どうしてもそのくらいは治りませんでした。
今になって理解出来るのは、当時の私は極端なくらいの偏食で、特に野菜嫌いだったので、血液の状態が良くなかったのだろうということです。


それはそれとして、食べ物が体をつくるという理屈は、どなたも概ね異論はないと思います。
その際、食べ物の良し悪しは、先ず血液に反映されます。
私たちの血液は、10日間くらいのうちに再生更新されて行くそうですから、食生活が変われば、10日後には血液の状態が変わります。
そして私たちの体細胞は、数ヶ月のうちにやはり再生更新されていると言いますから、半年くらい経つと体質そのものも変わって来ます。
昨年、夏の終わりから秋にかかる時期の体の状態が、一年の健康の要だと申し上げましたが、<参照>つまり夏バテした状態で代謝が落ちて行く時期に入り、その後を過ごすと、春を迎える頃に大きく体調を崩すしてしまうことがあるということなのです。
で、春の健康管理の要点は、活発になって行く代謝にのせて、溜まった老廃物を上手に排出することにあります。
食べ物で言うと、動物性食品を減らしつつ、木の芽山菜の類を沢山とり入れ、主食は玄米や黒パンなど繊維質の多いものを心がけます。
一時的に体が痒くなったり、痛くなったり、いろいろ変調が来ることがありますが、水分の補給と適度な運動は忘れないようにします。
暖かい日に、汗ばむくらいの運動は、ぜひとも必要です。
そうやって、夏の暑さを迎えても、活動的に過ごせる下地をつくることが出来ます。


ただし念のために申し上げておきますが、大きな病気をされて後遺症が残っている方、薬の服用で健康管理をなさっている方は、この限りではありません。
あくまでも医者の指示を尊重し、安易な自己判断はしないでください。


ちなみに私の場合、20代で玄米食を始め、その後マクロビオティックに走り、さらにその後自己流の健康食になって、通算35年を経過しますが、病弱な幼少の頃とは違い、おかげさまで今のところ、歯の治療以外医者にかかることなく済んでいます。
そして今、春の訪れとともに、体の中が少し騒がしくなっているのが分かりますが、何とかクリアしていい夏を迎えたいと思っています。

「寒晒しそばまつり」と「福寿草まつり」



3/15現在の沼ノ平地区、福寿草開花の様子
写真提供・役場産業課、佐藤義弘さん


雪国会津山都町に春を告げる二大イベント、「寒晒しそばまつり」と「福寿草まつり」が開催されます。
このところの暖かさで雪融けが進み、国道459号線の冬季通行止め区間も、やっと通行出来るようになりました。
町内の道路も雪はなく、支障なく通行出来ますので、どうぞ安心してお出かけください。
さて、寒晒しそばまつりは、3月22日(土)23(日)の二日間、山都町内の会場にて開かれます。
今、全国的にあちらこちらで、そばで村おこしや町おこしを企画するところが多くなっていますが、山都町はその道では先駆的存在です。
1994年には、日本初の「全国そばサミット」を主催しています。
そしてそのはるか以前から、うまいそばの産地として近郷近在に名を売り続けて来た「山都」の寒晒しそばまつり、まだいらしたことのない方もご常連の方も、ぜひご来場ください。
そして福寿草まつりは、3月23日から4月6日までの期間、沼ノ平地区にて開催されます。
週末毎に、100mの流しそばなど楽しい企画が用意されています。
現在、遊歩道の除雪も完了し、早々と写真撮影に訪れる方もあるとのこと、開花の様子はご覧のとおり。

なお両イベントについては、
会津山都そば協会のホームページ  <こちら>
山都町観光協会のホームページ <こちら>
を併せてご覧ください。






相川地区を、雪解け水で水量を増しつつ流れる一ノ戸川




田んぼも雪解けが始まっています。

  


  本日の食工房
暖かくてお天気が良い日は、やはりご来店くださる方が多くなります。
こんな辺ぴな場所ですから、お出かけの理由はいくつもあった方がいいに決まっていますね。
これからこのあたりは、本当に景色の贅沢を存分に味わえます。
ところで先週末は、私の読み違いでパンを沢山焼かなかったので、あいにく売り切れのところへいらした方も一人や二人ではありませんでした。
大変申し訳のないことで、この場を借りておわび申し上げます。
今週は、金曜日に会津若松市方面へ配達もあり、忙しくなりそうです。
手抜かりのない様、沢山パンを焼いてご来店をお待ちいたします。

それから、いつもお世話になっている「駅カフェ」さんで、週末にカネリプッラ(シナモンロール)を販売していただいています。
おかげさまで好評で、今週は倍量のご注文をいただいています。
クリングラもご要望いただいていますが、両方間に合わせるのが難しいので、今、頭を抱えています。
ここは一つがんばって、今年は娘たちにも給料を払えるように、流れを作りたいと思っています。
どうぞ皆さま、今後とも食工房をよろしくお願いいたします。

マイブログ中間報告 vol.7


Snow Field   Takano  2004


このブログを始めて一年近くになりましたが、最近気がついて、そして少し欲求不満になっていることがあります。
私の場合、前にも申し上げましたが、特に毎日更新にこだわっているわけではなくて、時々はお休みしたこともあるのですが、それでも大体のところ毎日更新と言えるくらいは書いています。
毎日の記事のネタは、たまには前日あるいはもっと前から手がけていることもありますが、ほとんどはその日のうちに思いついて書き上げるものです。
また時には、ちょうどいい写真が撮れたので、それを元に記事を書くということもあります。
毎日毎日書くことが習慣になって来ると、いいことは、すぐにキーワードやフレーズを思いつくようになることです。
一年近くやって来た中で、ネタ切れになりそうな危機感というのは、おかげさまでありませんでした。

さてそこで、気がついていて欲求不満になっていることですが、それは、その日のうちに思いついてその日のうちに書き上げるというテンポでは、どうしても荒削りな文章になり、それが勢いがあって良いということもあるとは言え、逆に十分に言葉を練り推敲を重ねて、自分自身でも納得が行き、且つ説得力を持って伝わるような、内容のある文章を書くことが難しいということなのです。
私は、いわゆる物書きではありませんから、何もそこまで気負わなくてもいいわけですが、どうしても私の習性として、何をやるにも「どうせやるなら・・・」という気持ちが働いてしまいます。
紙の通信の時は、大体一二ヶ月以上かけて、間が開きながら少しずつ仕上がって行くような文章の書き方をしていましたが、昔のものを読み返すと、何が違うと言われてにわかに説明出来ませんが、やっぱり丁寧で無駄がなくてそして力強くて、安心して読めるという感じがします。
で、そうやって考えているうちに、ブログにはブログ特有の役割と言うか、事物へのスタンスがあるということも思い出されるわけです。
限られた時間の中で、それを活かし切るところまでブログと付き合いたいという興味と、紙の通信に取りかかる時間も欲しいという、二つの欲求の間に挟まって、当分悩みは続きそうです。