明治神宮


日本は桜の国だと、今日は素直にそう思えました。



ここでは雀も人を恐れないのか、2mくらいの所で、誰かがまいたパンくずを啄んでいます。



気持ちが安らぐ風景です。



鳥居の奥が本殿



ふり返って、内宮入口を望みます。



ここでは、特別長い柄の箒で掃除をしています。
鳥居の内と外のコントラストが、何かを象徴するよう・・・。


本日、無事帰宅いたしました。


早朝、今回新たに停車駅となった、新宿駅東口に降りてみました。
会津便への乗り継ぎに2時間ほどありましたので、迷わず明治神宮まで歩いて行きました。
ここ数年来、乗り継ぎの合間は、明治神宮で過ごしています。


今朝は、代々木側入り口から中に入りました。


守衛さんと大きな声で「おはようございます。」挨拶を交わし、先ず一休みするために、宝物殿方向に歩きました。
ここの芝生の広場にあるベンチに座って、持参したパンをかじりパック入りのコーヒーを飲み、それが朝食でした。


見ると、散歩をする人、ランニングをする人、体操をしている人、写真を撮っている人、いろいろな人がいましたが、皆さんすれ違うたびに声を交わして挨拶していました。
もちろん私にも声をかけて行かれますので、私も返します。


大都会のど真ん中で、こんな時空間があることに驚くと同時に、これがこの場所の力なのだろうと実感しました。


私が実感しているその力とは、鳥居をくぐった瞬間から感じるある感覚です。
私は、境内の入口や中にいくつかある鳥居は、どうしても素通りすることが出来ません。
必ず立ち止まって、二礼二拍手一礼してからでないと、通過出来ません。
あの鳥居は、本殿に向かって幾重にも張り巡らされた、結界の出入り口だからです。


この際、極正直に申し上げるなら、天皇陛下が神であるかどうか、私には分からないし何とも申し上げられませんが、明治神宮の中が明らかに神々の座であることだけは、間違いないと申し上げます。
これは私の実感ですから、そう申し上げる以外ありません。


さてその後、本殿へと進み、参拝いたしました。


自慢ではありませんが、私の拍手は、あたり中に響き渡る大きな音を発します。
拍手は、神々を呼び出すための儀礼だと聞いたことがありますので、しっかりと気合を入れて臨みます。


それで、以前この場所に植えられている樹々について、好き勝手に生えている木は一本もなく、全て管理されている云々と申し上げましたが、この場に訂正申し上げておきます。
管理されているとは、とてもとても恐れ多い・・・、人間がお世話申し上げていると言わねばなりません。


何しろ、今日という今日は、どの樹も皆人の姿というか神様の姿というか、何かそういうものに見えました。
それも、ちっとも恐ろしくない、やさしい姿でした。


境内には、至る所清掃作業をしている方の姿があり、この方々も含めて、大勢の奉仕作業者がいると聞きました。
もちろん作業している方々個々の心情までは知る由もありませんが、私も最低この場所を汚すようなことはしないと心に誓っていますから、それもまたこの場所の力かも知れません。


実際の所、明治神宮がどこの所轄で、どれほどの予算があるのかないのか全く存じ上げませんが、この効率至上主義の世の中、大東京のそれも新宿のすぐ隣に、このような非生産的この上ない空間を維持している・・・、しかしこれが東京の本当の価値だと私は思っています。


大げさな言い方ですが、東京から明治神宮が無くなる時は、東京が終わる時、即ちこの日本が終わる時かも知れません。