高野通信」カテゴリーアーカイブ

暖房しないわけには行かなくなった話し

この前、家の中でも外にいるのと同じように着込んで、足元に小さいヒーターを置くだけにして、室温6~7℃でがんばっていると気勢を上げましたが、別なことで暖房しないわけには行かなくなってガッカリというお話し。

そうなんです、人間じゃないんですよ、温めてくれって言ったのは・・・。
先日、パンだよりの編集をしていた時のこと、連れ合いが描いたイラストをスキャナーにかけて読み込んでいたところ、画像が皆何か変なのです。
グニャグャに歪んでいたり、波板に描いた画を見ているような感じだったり。

結局分かったのは、寒さでスキャンユニットとガイドレールの間の潤滑が切れてしまい、動きがスムーズに行かなくなったことが原因だったということ。
温めるより他には方法がなさそうですから、暖房を入れることにしました。

石油ファンヒーターを入れて、3時間くらい暖房してやっと14~15℃になったところで、何度か試しているうちに正常に戻りました。
そう言えばレーザープリンターもトナーの流動性が悪くなるのか、エラー表示が度重なっていました。
こちらも解決した模様・・・。

まあ暖房すれば人間も快適ではあるわけですが、寒ければ寒いで耐えられるのに、一旦暖かく過ごしてしまうと、もう寒いのは我慢出来なくなってしまうのですね。
それが悔しくてなりません。

もっとも、隙間だらけの古民家は、暖房してもなかなか15℃まで上げるのは大変です。
大体いつもは、12℃(最低温度設定)設定にしています。

ホワイトアウト

 


 往復同じ轍を走るので、すれ違う時だけちょっと大変です。



圧雪で路面が凸凹なので、画面が揺れます。


昨日は、全国的に雪だったとか。
あちらでもこちらでも、思いがけない雪に大変な思いをされた方が沢山おられたことでしょう。

凍結路でトラックがスリップし、橋の欄干を突き破って20m下に転落したというニュースもありましたが、千葉に居る二男が大型トラックの運転手をしているので、他人事とは思えませんでした。

雪国なら、常に備えが出来ていますから、むしろ何でもないことなのですが、他の地域の方にとっては、経験のない緊張感を味わうことになります。
どうぞくれぐもお気をつけて。

さてそんな中、各方面から会津の雪の様子をご心配いただいております。
それもあって、この際ご報告に及ぶ次第です。

まず、こちら雪国会津からすると、今のところ雪の量は例年並みで特別大雪ということもありません。
それよりも、温暖化の影響かどうか知りませんが、雪質が湿っぽい所謂ボタ雪で着雪するし濡れるし、日中は融けて車はハンドルを取られて走りにくいし、夕方からは凍結して滑るしで、ちょっと手強い雪になっています。

立木の枝も、着いた雪の重みに耐えられず、折れてしまうこともしばしばです。

で、昨日は会津坂下町方面まで出かけたのですが、途中いつも利用する田んぼの中の農道を走りました。
信号が無いことと通行車両が少ないこと、歩行者もほとんどいないこと、これらの理由から好んでこういう裏ルートを利用しています。

ただ言い替えると、非常時には助けを呼ぶのが大変ということになります。
私は、携帯電話を持っていませんから。

目印になるものと言えば、50~100m毎に立っている路肩ポール(除雪車のためのものです。)だけ。
轍が残っているので、どこが道路かは分かりますが、降りが激しい時はそれも消えてしまいます。
でも、雪国の人は、そんな道を毎日毎日往ったり来たりしているのですね。

そして本日は定休日でしたが、やっぱり家の周りの雪かたしで半日かかりました。
いい運動になって良かったと思っています。

そんなわけで、まあ概ねご心配には及びませんと、ご報告申し上げます。

停電で、故障したボイラーが直った話し

不思議なことがあるものだというお話しです。

実は今年になって間もなく、我が家の風呂用の給湯ボイラーの調子が悪くなっていました。
どういう様子だったかと言うと、給湯温度を最高にしないと点火しない、そして最高温度設定で点火すると今度はサーモスタットが効かないで異常停止、そのままでは復旧せずの状態でした。

異常停止させないために、どんどん給湯してボイラーの缶体の温度が限界を超えないようにしてやれば、一応連続して使えはするものの、これでは一人風呂に入るために別な一人がボイラーの傍に付いていなくてはなりません。

故障の原因をいろいろ探りましたが、一つは缶体サーミスタという温度センサーが劣化したか、あるいはコントローラーの電子回路がおかしくなったか、まあそのどちらかだろうと察しは付けましたが、確認するにしろ部品を交換するにしろ、業者を頼まなくてはどうにもなりませんので、不便は承知でそのまま使い続けていたのです。

まあそれはそれで、山暮らしの時の薪風呂ではありませんが、ぬるくなって来たら中から大声で「沸かして!」と呼ばなくてはならないのも、何と言うかコミュニケーションがあって、それはそれでいいじゃないかという気になっていました。

それが・・・今日の午後のこと、何の前触れもなく停電になりました。
雷が鳴ったとか、大風が吹いていたとか、停電になりそうな気配が全く無かったのに。

時間にして数分間のことでした。
その時気にしたのは、PCが異常停止で影響を受けなかったかどうかということくらい。

で、夜になって風呂を沸かす段になってボイラーを操作しに行くと、電源ランプが点滅していました。
多分、昨夜最後に風呂に入った時に異常停止したまま、電源は入りっ放しになっていたのでしょう。

不意の停電で、機械がどんな反応をしたのか分かりませんが、今度は正常にサーモスタットが働いて、自動的に運転停止を繰り返すようになっていました。

まさかと思いましたので、挙動を監視していましたが、まるで正常です。

ハイテク機器が不思議な挙動をすることがあるのは知っていましたが、故障したものが一瞬の停電で正常に戻るというのは、全く初めてのことです。
おかげで今夜から、誰の世話にもならずに風呂に入れることになりました。

いいんだか悪いんだか・・・、妙な気分の私です。

肝心の故障の原因は、分からずじまいになってしまいました。

でも、お金にして何万円だか、ひょっとすると何十万円だか、得したことは確かですね。

屋根へ


人の背丈ほどの雪の山の上からさらに7mくらい梯子を伸ばしています。


昨日は、金山町の友人の家にお邪魔して、久しぶりにまったりとした時間を過ごしました。
お昼をごちそうになり、楽しいおしゃべりに時間を忘れ、さらにいろいろと話題は尽きなかったのですが、夕方暗くなる前にお暇して来ました。
というのは、昨日の会津は少々荒れ模様で、吹雪の中の山道ドライブに少し不安もあったからです。
それでも道中は、結構わくわくドキドキ楽しんだつもりでしたが、やはり帰って来てからドッと疲れが出たようでした。

昨日のブログが無かったのは、それも理由だったというわけ。

そして今日は、雪が止んで束の間の晴れ。
この後はまた雪が続くとの予報ですから、今日しかないというわけで、午前中から雪おろしのために屋根へ・・・。

まあこれも手慣れた作業ではあるわけですが、何しろ高所作業ですし、緊張しないわけには行きません。
一度上ったら終わるまで下りたくありませんから(上り下りが一番危険なので)、そこそこに終わらせようと休みなく作業します。
3時間ほどで終わって下りて来ると、やっぱりドッと疲れが出て、遅い昼食を食べた後はしばらく放心状態でした。

でも、屋根の雪を下ろした後の達成感と満足感は、他のことでは味わえないものがあります。
雪から家を守るという、ある意味命がかかっている仕事ですから。
というわけで、あとはもうお風呂入って寝るだけ。

正月二日、雪、雪、また雪

新年二日目も、雪の朝でした。

先ずは、除雪作業から・・・。

来る人があっても無くても、出かける用事があっても無くても、とにかく家の周りと車周りは雪を片付けておきます。
そのままにしておくと、沈んだ雪が重くなって、片付けるのが大変になるからです。
降ったばかりなら、楽に作業出来ることが分かっているのです。

一度片付けても、翌朝はまた同じことになっているとしても、何度でもまた同じことを繰り返します。
何だか禅の修行をしているような、無心になって雪に向かっているひと時が、私にはとても素敵な時間に感じられます。

今日は、近くで所帯を構えている四男一家が訪ねて来るというので、除雪も歓迎準備ということになり、なお一層うれしい仕事になりました。

そして食工房の仕事がないので、料理にも手を出しています。
連れ合いと一緒に、ご飯を炊いたり汁を造ったりしています。

それももちろん楽しいのですが、私は皿洗いが一番素敵な仕事に思えます。
洗い物は、全く苦になりません。

でも、それらよりもさらに私を惹きつける仕事があります。
刃物研ぎです。
そう・・・、切れ味の悪い包丁ほど我慢ならないものは無いと思っていますから、私が台所に立つ時は、大抵先ず包丁研ぎから始まります。
研ぎたての菜切り包丁で、糸のように細く繊細にネギを刻む・・・、快感です。

まあでも、やはり雪かたし(除雪)のいいところは、しっかり体力を使って運動になるということです。
今日も二回は大汗をかいて、下着が濡れ雑巾のようになりました。
寒さも苦になりませんし、風邪を引くなんて思いもしませんから。
私にとっては、健康法でもあるのです。

どうやら明日も雪のようです。
近々、また屋根に上らなくてはなりません。
バカと煙は・・・とか。
私は、前者です。

年の終わりに


大好きなカラマツ林


この一年は、いろいろな意味で大変な一年だったと思っています。
一口で言えば、福島はどこにも責任を負ってもらえず、何の展望も与えられず、荒れ野に放り出されたも同然だからです。

浜通りの原発立地地域の苦悩はもちろんのこと、周辺市町村の苦悩も察するに余りありますが、それも福島から離れれば離れるほどに現実味が失せて行くのを、どうすることも出来ません。

会津も、被害の程度が軽かったというだけで、様々な補償の対象から外され、悪い結果も全て自己責任にされてしまいます。
こうして、日本中の大多数の人々の日常から、福島が消えて行くのでしょうか。

そしてまた福島の中も、皆が皆同じ意識ではありません。
様々な思いが交錯して、いくつもの分断が生じていることも確かです。
それが誰の策略であろうとなかろうと、嵌められる自分たちもある意味情けない・・・。

私は、もう人並みの楽しみごとなんか欲しいとは思いません。
今の私にとっての幸せとは、安心して耕せる大地があること、安心して汲める水があること、安心して歩ける森がありそこで胸いっぱい息を吸えること、孫たちが外で元気に遊ぶ姿を見られることです。

辛うじてそれが叶うこの地の幸運に、無限の感謝を捧げます。

そしてもうこれ以上何も損なわれないことを祈ります。

凍結路の走り方

今更私などが、どうと言うほどのことは書けませんが、それでもまあ自慢にはならないのですが、何度か怖い目に遭って、実際事故も起こしていますから、雪道、凍結路の走り方は否応なく体得してしまったのですね。
しかしまあ、特筆するほどのテクニックがあるわけではありません。

先ず一番は、慎重に走ること。
なーんだ、そんなことか・・・と、がっかりされないように。

慎重にと言っても、ただゆっくり走るというのではありません。
路面をしっかり見て、ということです。
滑りやすい所では、もちろん低速で走る以外に方法はありません。

どのくらい滑りやすいのか、走りながらではよく分からない時もありますから、状況を見て周りの安全を確認してわざと急ブレーキや急加速をして確かめるなんてことも、実はやってみたこともあります。

どこででも試すわけには行かないし、誰にでもお勧めするわけにも行きませんが、こうした経験を積んでおくと、どのくらいのスピードから上が特に危険か、今走っているスピードと路面状況でどの程度のブレーキが踏めるか、諸々体で覚えることが出来ます。
経験を積み重ねるうちに、路面を見るポイントも掴めて来ます。

それで一つ覚えておかれたら良いと思うことをご報告しておきます。
それは、凍結路は厳寒時のほうが安全に走れるということです。

何故かと言うと、スリップは路面が濡れている時に特に起こりやすい現象ですから、厳寒時はその水分が無いので、かえって滑らないのです。
目安として、氷点下5度以下になればほぼ大丈夫です。
氷点下10度以下にもなると、硬い石板の上を走っているようなもので、急ブレーキを踏んでも意外にしっかり止まってくれます。

以前山暮らしの時、凍結路を帰らなければならない時は、わざと日が暮れて遅い時間になってからにしたものです。

それから、本当に硬く凍結した路面では、タイヤチェーンは巻かない方が滑らないということも知っておかれたら良いと思います。
もちろん、タイヤは万全のスタッドレスタイヤであることが前提ですが・・・。

しかしまあ雪国では、積雪、圧雪路であることの方が多いので、雪国の人でも凍結路は怖いという方が結構いらっしゃるのですね。

それで今日の夕方配達に出ましたが、これがまた典型的なツルツルの凍結路でした。
どれほど滑るか怖くて試せないくらい、ただ直線通過だからいいものの、ブレーキもハンドルも効かないつまりコントロール不能な箇所が何か所かありました。

やっぱり、スピードは控えめに、これが一番の走り方ですね。

あとまだいろいろありますが、またの機会に。

ホワイトクリスマス

今日がクリスマスです。
世の中は、昨日のクリスマスイブが本番のような扱いで、「クリスマスは、サンタクロースの誕生日・・・」「今度からサンタクロースはヨンタクロースに・・・」と悪ふざけのような言動もあったとか。
全く・・・、この国には夢が無くなりましたね。

私は昨日の夜は、近くの教会のイブ礼拝に出かけていました。
小さな教会に集った信者さんは、10人そこそこ。
それでも、オルガンが弾かれ、讃美歌が響きました。
外は凍りつく寒さと雪。
ホワイトクリスマス・・・。

明けて今日も朝から雪で、日中さらに降りが強くなり、あっという間に除雪車出動レベルになりました。
用足しと買い物を兼ねて出かけましたが、車窓から眺める会津の風景は、かの齋藤清画伯の絵を思い出させる風情でした。

かと思えば、作業中の除雪車に追いつき、今度は少年のようにワクワクしながらシャッターを押している私。
これもまた会津の冬の風景です。

冬こそ会津へ!



 



 



 



 



 



 



 

ナナオサカキの命日

そう・・・、昨日でした。

天皇誕生日でもある12月23日、私にはナナオの記憶の方が強烈です。
でも昨日は、このブログの記事にすることを、不思議と忘れていました。

そこで今日、改めて記事にしようと思って、少しナナオのことをネットで調べていました。
これも不思議なことですが、全く私の思いにピンと来る一言を見つけて驚きました。

あるインタビューでの、ナナオの受け答え・・・。

「いつ詩を書きはじめたんだ?」っていう質問と同じだ。そう思うよ。
オッケー、おれは生まれる前から詩を書きはじめていたんだ。
そうだろ! ほんとに。
何世紀も前から。当時おれは、芭蕉とか一茶、蕪村、シェイクスピアなんて呼ばれていた。

・・・ おれはここにいて、なにか書いているだけだ。
そしてそれは古代からの言霊(エコー)だ。


・・・すごいですね。
この時、私が直感的に思ったこと・・・。

私はいつから生きている・・・?
もちろん、生まれた時からさ。

ちがう!もっとずっとずっと前から・・・。
そう・・・、地球が生まれた時からかな。

いやちがう!宇宙が生まれた時からだ。
今を生きている私の命に、その記憶が全て入っているんだ。

だって、そうでしょう!

いいことに気づかせてもらいました。

休日返上に・・・


屋根の上には、まだ40cmの厚みに雪が乗っていました。
それが落ちて来たら、また雪かたしです。


今日はゆっくり休んで、どこか出かけよう・・・、なんて思っていましたが、朝起きて見たら車が雪に埋もれるほどの積雪。
午前中は、ずっと雪かたしでした。

この冬から、除雪車のオペレーターが変わって新人さんになったとかで、慣れてないせいもあるのか、今までは店の前は道幅を広く除雪してくれていたのが、車一台分の幅しか掻いて行かないので、あとから人力で広げています。

町道は幅が狭く、食工房の店前は、ちょうど車がすれ違うスペースになっているのです。
結局ほぼ午前中いっぱいかかって、アスファルトが露出するまで完全に除雪しました。

それにしてもこの3日ほどで、すでに1月の半ばのような風景になってしまいました。
この分では、何年か前の豪雪の時のように、年内に屋根に上らなくてはならないかも知れません。


そして午後は、コーヒー焙煎でした。

ご注文が集中したため、明日一日では終わらせるのが大変そうなので、今日のうちに一部をやったというわけ。

食工房の自家焙煎コーヒーも、何だかんだと言いながら、ずっと続いているのですね。
これも皆さまのご愛顧のおかげです。

私も、パン屋が本業ですが、コーヒー屋も手は抜いておりません。
と言うか、モノづくりという仕事は、何をやっても同じだと思っています。

皆さまのご愛顧を励みに、休日返上もまた嬉しい、今日の私でした。