高野通信」カテゴリーアーカイブ

福寿草だより



あちらこちらで、福寿草が咲いたという便りを耳にするようになりました。
こちらは、会津管内は元より、最近では福島県内および近県にまでその名を知られるようになった、喜多方市山都町沼ノ平地区の福寿草です。
5haの敷地に100万株はあるという、日本最大級の群生地です。
昨日ご来店くださった役場職員の方が、様子を見に行って撮って来た写真をいただきましたので、皆さまにもご披露する次第です。
標高が高い沼ノ平地区は、ご覧のようにまだまだ雪に覆われていますが、日当たりの良い一部の斜面では雪が解け、わずかに覗いた地面には、春を待ちかねるように福寿草が咲き始めました。
雪原と福寿草を同時に見られる、現在の沼ノ平地区です。






 


ところで、例年3月下旬から4月上旬にかけて、この地区で「福寿草まつり」が開催されています。
今年は、3月23日(日)~4月6日(日)の予定で、毎週末、野立てなどいろいろな企画が準備されています。
これから5月の連休を過ぎる頃まで、このあたりでは、福寿草に始まって、アズマイチゲ、スミレ、カタクリ、山桜、ホウなどが次々と開花時期を迎え、日々移り変わる早春から初夏への風景を楽しめます。
週末のみならず、人の少ない平日にいらして、ゆっくりと気が済むまで自然の中で過ごすというのも、またいいのじゃないかと思います。
皆さま、ぜひお出かけください。

ちなみに食工房は、ちょうど沼ノ平地区へのルートの途中にあります。
※沼ノ平地区および周辺の地理のご案内は<こちら>よりご覧いただけます。

スナフキンとミイ


フィンランドのおみやげにいただいた紙押さえ。


この前、家の裏に、ムーミンのお話の中に出て来る妖怪「モラン」を、雪を積み上げて作ったことを書きました。
そして、ムーミンが生まれた国フィンランドで一番人気があるキャラクターが、このモランだということも申し上げました。
それで、日本では誰が人気者かなと思ったら、スナフキンとミイだそうです。
そう言えば、私の知人にシンガー・ソングライターがいるのですが、彼は自らを「スナフキン」と称していました。
うちのカミさんは、ミイが好きだよと言います。
そうですか・・・。
私はと言うと、スナフキンとミイはちょっと微妙なんです。
何故かと言えば、スナフキンとミイの中に私自身の姿を見るような気がするからです。
孤独と自由を愛しつつもさみしがり屋の私、思ったことは言わずにいられない私、若い時からずっと、自由でいることの不自由と、思ったとおりに言った後の悲しみを味わい続けてきた者として、スナフキンとミイの姿は、妙に身につまされる方が先に立ってしまいます。
私が一番好きなのは、ムーミンです。
そして、そんなムーミンを育てている、ムーミンパパとムーミンママ。
でも、スナフキンやミイやそしてニョロニョロやモランもいないことには、ムーミンのお話しは始まりませんね。
50代も後半になって、やっと私の中のスナフキンもミイも、大分悟って変わって来たかも知れません。
最後には皆救済されるムーミンのお話しが、私は大好きです。

モラン


ちょうど一週間前に作りかけて中断したままになっていた「モラン」を作り上げました。
一週間の間にずい分雪解けが進んで、もう仕上げられないかも、と思っていましたが、家の裏にはまだまだたっぷり雪がありました。
でも、高さ4メートルはさすがにあきらめて、大分小さめのモランになりました。
こういうものをつくる時、やっぱり顔が決め手になりますが、作っている最中はとにかく面白い顔にしようと、ワァワァはしゃぎながらやっています。
でも出来上がってから冷静になって眺めると、妙に威厳のあるちょっとこわい顔になっていたりして、やっぱり何か目に見えない者の意思が働いていると感じます。
モランというのは、もうご存知かも知れませんが、ムーミンのお話の中に出て来る、氷のオバケというか妖怪というか、そういう者です。
お話の中では、色は黒っぽいということになっていますが、雪で作ったのでそこは勘弁していただきましょう。
それよりも、ムーミンが生まれた国フィンランドで、一番人気のあるキャラクターは、実はモランだそうです。
何故なのかな?と思った方、ムーミンのお話の翻訳者である高橋静男さんの講演録を掲載したページがありますので、<こちら>からご覧ください。
とてもいいお話しでした。
ちなみに、私たちも皆モランが好きです。
もちろん、ムーミンも。

  お知らせ
「食工房のパンだより 31・早春号」のpdfファイルを、食工房のホームページにアップロードしました。
<こちら>からご覧いただけます。

デジタル化で失われるディティール



この写真を撮った時のお話しは<こちら>からご覧になれます。
今日の写真は、ネガから新たに焼き直したプリントを元にしています。


ブログに写真を載せる時、いつも感じるストレスがあります。
それは、伝えたい気持ちを満足させようと思うと、際限なくデータが大きくなるからです。
私は、デジタルカメラを使い始めてまだ一年にもなりませんが、フィルムカメラの方は、5~6年間みっちりと撮りまくりましたので、少しは写真に関しては考えを持っています。
それで私は、写真の「力」はディティール(詳細な表情とでも言ったら良いでしょうか。)にある、と思っています。
たとえ肉眼で見て分からなくても、ルーペであるいはちょっと大げさですが顕微鏡で見ると分かるくらいの違いが、その写真の表現力に差を生むというのは本当です。
写真をアートとして捉える場合でも、ドキュメントとして捉える場合でも、レンズの性能やフィルムの性能そして撮影の技術は、どうしたって最低限必要ですし、高ければ高いに越したことはありません。
卓越したセンスも、一台のカメラとそれを使いこなす技術がなければ、写真にはなりませんから。
写真がデジタル化されるようになった時、私は正直、フィルムカメラの世界で最高の表現に辿り着いたような優れた写真を、本当にデジタルカメラで再現出来るのかと思ったものです。
現在、デジタルカメラの最高峰だと、すでに2000万画素を超えていて、もうそれは問題ないという見方もあると思いますが、それでも言わせてもらえば、フィルムの方は分子レベルですから、画素なんて単位では測れません。
ましてや、コンパクトデジカメの最初から圧縮データで取り出される画像は、初めのうちは手軽で面白くてわくわくしましたが、すぐに何かちがうぞ!と感じ始めました。
そして思い出して、昔撮ったリバーサルフィルムをトレスコとルーペで覗いた瞬間の驚きは、残念ながら皆さんにお伝えする手段がありません。
いくらデジタルの技術が進歩した現在にあっても、たとえ1枚が1GBの画像でも、リバーサルフィルムの1コマには遥かに及ばないと、私は思っています。

鳥も獣も虫も、「人」と呼ぶ感性

以前、「デルスー・ウザーラ」という物語を読んだことがあります。
ほぼ事実に沿って書かれたこの物語は、沿海州の一帯を調査したロシアの軍人によって記されたものです。
この中で、調査に同行しガイド役を務めた、現地の先住民ゴリド人(正式には、ナナイ氏族)の男の名、それがデルスー・ウザーラです。
この物語の中でデルスーは、行く先々で出会う鳥や獣、虫たちはもちろんのこと、太陽や月や星、雲までもを「人」と呼びます。
私は、直感的にその自然観にとても親しみを覚え、その通りに違いないと思ったものです。
その物語を読んだ時の感激は、以前文章に書いて発表していますので、今ここでは申し上げませんが、今日、「ナショナルジオグラフィック・2008年3月号」に、「動物の知力」というタイトルで大変興味深い記事があるのを見つけ、読んでみて驚くと同時に膝を打ちました。
最近の研究で、動物たちがこれまで考えられていたのとは大違いの、大変優れた知的能力を持っているらしいことが分かったというのです。
その記事の一部始終をご紹介することは到底出来ませんが、そこには例えば、自分から自発的に人間の言葉を覚えてコミュニケーションしようとするヨウム(オウムの一種)の話などがレポートされています。
これを読みながら、私は科学がやがて発見し証明するのは、例えば先に申し上げた、デルスー・ウザーラの自然観は間違っていなかった、というようなことなんじゃないかと思っています

その時人間は、鳥や獣や虫たちを、そして人間自身を、どのように捉え付き合って行くことになるのか、ちょっと楽しみです。
正直に言えば、私はむしろその時を待っているのですから。

雪の在庫処分?



一日で元の木阿弥というわけですが、
これで嫌になるということはないのが、
自分でも不思議です。



一昨日はこうでした。


3月を目前に、今頃になってかえって雪が多く寒い日が続いています。
冬将軍が、残った雪の在庫処分をしてるんだね!と娘たちと笑っています。
一昨日、きれいに片付けておいたのがいいタイミングでした。
昨日と今朝方の降雪で、屋根から落ちた雪がご覧のとおりです。
今日は一日パン焼きで忙しく、すぐには手が出せませんでした。
ちょうど台所の前が塞がってしまったので、明かりを点けないと中は真っ暗でした。
でも今日は、仕事が手際よくはかどって配達も早めに終わり、明るいうちに帰って来られましたので、夕方のちょっとの間に雪かたしをやりました。
で、張り切ってのぞんだのは良かったのですが、30分もしないうちに暗くなって来て足元が見えにくくなり、おまけに雪を片付けたところがちょうど換気扇の噴き出し口で、中から美味しそうなにおいがして来るものですから、空腹に耐えかねて止めざるを得ませんでした。
残りは明日の午後までお預けです。
どうやら裏に作りかけたモランは、自分で勝手に一回り以上大きくなったようです。
そして私は、これで5度目の冬ですが、まだまだ雪が嫌にはなりそうもありません。

雪遊び



いつの間にか軒にとどきそうなほどたまってしまいました。
屋根の上の雪が落ちると、塞がってしまいそうに見えます。



3時間ほどかかってすっかり低くなりましたが、まだ
この下に大方人の背丈分残っています。


今日は定休日で、ちょっと用足しがあったのを午前中で終わらせ、午後から「雪かたし」ならぬ「雪遊び」で元気良く暴れました。
家の裏に屋根から落ちた雪がたまって、とうとう軒の高さに迫り、あと少しで屋根とつながってしまいそうだったので、この雪を片付けがてら、巨大な雪人形を作ろうということになり、娘たちと連れ合いも参加して、思いがけずも雪遊びとなりました。
いつもよりハイペースでガンガン雪を掘り、スノーダンプで小走りに往復して、雪の山を作りました。
しっかり固めて行くので、沢山運んだはずの雪も意外にこじんまりしてしまって、なかなか巨大という雰囲気にはなってくれません。
それでも3時間余り奮闘して、雪の山は人の背丈分は低くなりました。
そして家の裏には、直径4メートルほどの雪の山が出来かけています。
明日もう一日かけて、高さも4メートルくらいにして、
ムーミンのお話しに出て来る、モランが現れるはずです。
そんなわけで、今日はちょっと夢中になりすぎて、さすがにくたびれてしまっています。
でも、お風呂に入ったあとは、いつもに増してグッスリと眠れそうです。




まだまだこれから上に向かって積み上げて行きます。
すでに人の背丈くらいあります。
明日には、モランが現れるか・・・!



こちらは、息子がここ一週間くらいかけて作った「かまくら」。
中央付近は、大人がゆうゆうと立っていられます。
10人は入れる広さ。

Google Earth

グーグルアースをご存知の方は多いでしょう。
インターネットならではの優れたコンテンツだと思います。
私は、数年前から利用していますが、年々細密な画像でカバーされる地域が少しずつ広がっていて、興味深く見ています。
私が良く訪ねる地域は、ほとんど世界の辺境と呼ばれる場所ばかりです。
一番よく訪ねるのは、シベリア地域です。
どこかに、チュクチ族のキャンプ地があるのが見えるのじゃないかと思ったりして、けっこう熱心に探し回っています。
そうやって世界の辺境と呼ばれ、ほとんど住む人も居なさそうな地域を隈なくスキャンしていて驚くのは、たいていどんな場所にも必ずと言って良いくらい、人間活動の証拠が見つかることです。
例えば道路、鉄道、飛行場、そして建物、あるいは天然ガスのパイプライン、送電線などです。
何十キロ、何百キロと周りは森林原野のみというような場所に、ポツンと小さな飛行場と数十件の家、畑らしい土地が見つかったりします。
一体どんな暮らしをしているのか、想像を膨らませ、そこから検索の旅に出るのも楽しみです。


それからもう一つ、私の興味をさらっている国フィンランドもよく訪ねます。
皆さんにもおすすめしたいのは、首都のヘルシンキの都市としての規模や住宅地の様子を、東京のそれと見比べることです。
もちろん、日本の方が圧倒的に人口が多いのですから、様子が違うのは当然としても、何か決定的に都市づくりのコンセプトの違いみたいなものを感じます。
率直に言って、あちらはいいですね。
あんな街なら、都会も悪くないなと思ってしまいます。
そんな街づくりが、この日本のどこででも可能とは思いませんが、人口の少ない地方の小都市でなら可能かも知れません。


その他、まだまだ訪ねていないところがほとんどで、地球は広いということをリアルに実感しています。
そして、その地球上のほとんどどこにでも暮していて、今や自然環境に重大な影響を及ぼしている、人間の凄さに唖然としている私です。

made by 山脇さん



一杯10gずつ計れるコーヒーメジャー
今回、3本作っていただきました。


先日、待望の木のコーヒーメジャースプーンが届きました。
いつもながら、山脇さんの作品から伝わって来るエネルギーに、心が温まります。
山脇さんは「工房かし」のオーナーで、私とはもうかれこれ20年来のおつきあいになります。
よく作品は人柄をあらわすと言われますが、山脇さんの作ったものをずっと見続けて来ていつも感じていたこと、それは、本当に真面目に、謙虚に、素材となる木に向かい合っているということです。
手にとって触れてみると分かりますが、実に細かいところまで一つも手を抜くことなく、気持ちを込め手を尽くして作られたものからあふれ出て来るエネルギーは、いつまでも尽きることがありません。
いつだったか電話でお話している時、「ぼくには、これしか出来ないから・・・」というような言葉をうかがった覚えがあるのですが、その時、あれこれ目移りばかりして来た私は、ああそんな生き方がうらやましいと思ったものです。
そんな山脇さん、初めて会った頃はパン屋になるための勉強もしていたのです。
20年後に、私の方がパン屋になっているとは、その時は全く想像もしていませんでした。
私事になりますが、食工房の看板メニューの「堅焼き黒パン」、実は山脇さんの大変なお気に入りで、度々ご注文をいただいています。
私が「堅焼き黒パン」を自信を持って焼き続けている理由の一つは、山脇さんのような方にご支持をいただいていることです。
そしてジャンルは違っても、お互いにモノづくりという誤魔化しの利かない仕事をしているからでしょうか、黙っていても通じ合う何かがあると感じます。
山脇さんの作品、この他にも沢山展示しています。
このブログの中でも紹介しています。   <参照1>    <参照2>
どうぞご覧になりにいらしてください。




私がブログに載せたトントゥの写真を見て
木で作ってくださったトントゥです。
仲間がふえてなんだかうれしそうな顔で
見ているのは、フィンランドからやって来た
フェルトのトントゥです。

健康管理

私にとって、いつも念頭にある大切なこと、それは体の健康管理のことです。
とりたてて大きな病気をしたこともありませんし、現在気がかりなことも何もありませんが、だからこそ、小さな変調にも注意しています。
6人いる子ども達の行く末に、まだまだ責任が残っていますから、こんなところで健康を損なっているわけには行かないのです。

ところで、痩身で時々体重が50㎏を切ることもある、骨と皮だけの余裕のない体は、生来の胃腸の弱さが原因のようで、昔からいくら食べても太れません。
近頃は、食事の時に冷たいビールを飲んだくらいでも腹を下してしまうので、なかなか気を許すことも出来なくなってしまいました。
そして過食と早食いは、今の私には厳しい禁止事項です。

私の健康管理は、この飲み食いのことの他にもう一つ、適度の運動をすることです。
元々体育は得意ではありませんので、油断しているとついついリラックスムードに流れてしまい、運動不足を誘ってしまいます。
体を動かした後、とても気持ちが良いのは分かっているのですが、どうしても動き出すまでに時間がかかります。
それでも最近、こうした運動不足がどんな結果をもたらすか、ちょっと身を以って味わうことがあり、以来、体を動かさないでいることにストレスを感じるようになっています。
そんなわけで今日は、午前中思いっきり歩いて来ようと思っていたのですが、ちょうど降って来た雪に出端をくじかれ、家の中で体操をする方に変更しました。
私にとって、これはこれでとても大切なものなのです。
全身の筋肉を満遍なく使い、すべての関節をほぐし、そして息がはずんで心拍数がグンと早くなるくらいの運動を、大方1時間くらいかけてやりました。
こうやって体を動かしておくことは、病気をしない健康な体づくりという目的もありますが、もう一つ、ちょっとしたことでケガをしないような身のこなしが出来るためにも役立ちます。
50代後半に入り、これからさらに老境へと近づくにつれ、どうしたって体の動きは鈍くなって行くに違いありませんから、それなりの用心と心がけをしておきたいと思っています。
ああ出来ることなら毎日2時間くらい、散歩したり体操したりする時間が欲しいです。