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9.11

2001年9月11日、この日を境に9月11日は、世界中の人々にとって忘れることのない歴史的な日付となりました。
あの日アメリカで起こった同時多発テロは、世界中の人々を震撼させました。
そしてその後に続く世界情勢を見れば、この出来事のもつ意味の大きさを思わずにはいられないでしょう。
以来世界は、何か良くない方向へと大きく傾いて行っているような気がします。
ところが、この事件の真相あるいは真実は、実際のところ分かっていないというか、私たちには知らされていないのですね。
一応の説明はされていますが、確たる証拠が示されたわけでもなく、むしろ新たな疑惑が生まれ続けています。
これは私の私見ですが、あの事件は言ってみれば、世界中の人々の心の中に落とされた核爆弾の炸裂であったと思います。
その熱と爆風の衝撃は、すでに世界を駆け巡り、アフガニスタンやイラクで戦争の火をつけました。
それだけでも凄まじい被害だと思いますが、今そしてこれから先、放射能のように長い時間をかけて人々の心を蝕む害が、蔓延し続けるのだろうと思います。
ある意味、そちらの害を受けることの方が、もっと恐ろしいことのように私は思います。
21世紀の前半、それは過酷な試練の時代となるであろうことは、もはや確実です。
そこで人々が心を蝕まれつつ生きることがどんな状況を生み出すのか、考えただけで背筋が凍り付きそうです。
この先、多分避けられない嵐の中で、自分はどう生きるのか覚悟を迫られる、そういう時代が来るに違いないと思っています。

あっという間に過ぎて行く休日

ここ何週か続けて、休日の度に畑仕事に精出していましたので、いつの間にか用事が溜まって、今日は外出となりました。
いつもと違う休日のリズムに、頭がボーっとしてしまい、運転は娘に任せっ放しにして助手席でウトウト。
行く先行く先で何とか用を足して買い物をして、最後に寄った生協のお店のレジで、すぐ後に赤ん坊を抱いた若いパパとママが並びました。
あんまり可愛らしいので思わず覗き込んで、ママの方を見たらうれしそうにニッコリ、私もうれしくて「何ヶ月ですか?」。
「三ヶ月です。」とママ。
何かもっと気の利いたことを言って差し上げたかったのですが、「がんばってくださいね。うちも6人育てましたから。」と申し上げてその場を離れました。
この可愛い赤ちゃんのおかげで、やっと気が休まった私でした。
気が付けば、車の窓から見る夕空は雲もなく澄みわたっていました。
今夜は、さぞかし星空がきれいなことでしょう。
あとで寝る前に、外に出て見ようと思っています。
かくして、あっという間に過ぎて行く休日・・・。

そして一日の終わり、静かな秋の初めの夜には、北欧の音楽がお似合いです。
一曲だけご紹介します。<こちら>をクリックしてお聴きいただけます。(※ご注意:ファイルサイズ、3.7MB)

そうそう、音楽絡みで思い出しましたが、今日は、いつもお世話になっている、会津若松の楽器屋DONさんにも寄って、お茶をご馳走になりました。
お店のブログが始まったそうで、アドレスをいただきましたので、ご紹介しておきます。
楽器屋DON*ウェブログ

「もうひとつの9.11」

昨日は、ネット上である記事を見つけ、読み始めたら目が離せなくなって、自分のブログどころではありませんでした。

その記事は、今から35年前に南米のチリで勃発した軍事クーデターに関わりのある日記でした。
その内容は、後でゆっくりと訪問して読んでいただきたいと思いますが、何でまたそんな記事に行き当たったかと言えば、ヴィクトル・ハラというフォークシンガーのことを知りたかったことが発端でした。
ヴィクトル・ハラは、当時チリでは国民的人気を得ていた社会派のフォークシンガーであり、世界的にも知られていました。
そしてヴィクトル・ハラは、その軍事クーデターの時に、捕らえられ虐殺されたことでも有名です。

さて、私が昨日一日気持ちを捕らえられていたその日記は、そんな政情不安な当時のチリに、リュック一つで旅行に行った当時の青年の実話です。
何でそんな場所に出かけていったのか、日記の文面を借りると、 『ぼくがチリの国をめざした動機は、結構不純です。なにしろもっているお金が、ブラック・マーケットで両替すれば10倍以上の価値をもって使える。女の子は、抜群に、きれいで心が優しい。メイク・ラブが簡単に出来る。にわか成金で、優雅な生活、青春を満悦できるとの噂を入手していました。
しかし、政情不安で、軍事クーデターの危険がつきまとっていました。日本を出国してすでに2年以上過ぎ、足を踏み入れた国も50か国は超えていました。時には、けっこう危険な目にも遭いました。危険は、出来るだけ避ける。これが元祖バックパッカーとしての鉄則です。が、この国だけは、甘い蜜が盛んに呼んでいる、通過できない国でした。』、とのこと。

にわか成金になって遊興三昧を決め込んで入国したものの、最後にクーデターに巻き込まれてしまい、とんでもない目に合って命からがら脱出するまでのことが書かれています。

これを読んでいて私が思ったことは、先ず一つ、貧しい国にはお金持ちの外国人の旅行者の散財によって生活が成り立っている人が沢山いて、またそのブラックマーケットの仕組みは、ある意味でその国の富裕層から貧困層にお金が還流することに貢献しているという皮肉です。
杓子定規に考えれば、それは違法行為であり犯罪であるわけです。
しかしそれを言うなら、富の偏在こそが犯罪じゃないかと、私などは思います。

そして二つ目は、主義や思想や宗教ではお腹を満たすことは出来ないこと。
ましてや軍隊は、銃で脅して略奪することくらいしか出来ないということです。
いつだって、畑で作物を育て、鶏や豚や牛の世話をする農夫、海に魚を採りに行く漁師、パンを焼く職人、料理をする家人がいてこそ、毎日の食べ物にありつけるのです。
爆弾が炸裂し銃弾が飛び交う場所で、食糧を生産することなど出来ません。
あるのは破壊のみ。

それにしても、どんな時でも人は飲み喰らい、歌い踊り、そして恋をする。
これだけは止めることは出来ないということに、何とも切ない気持ちにさせられました。

その後チリがどんな国になったのだろうかと、いろいろ調べてみたら、今はとても安定したいい国になっているみたいで、胸が熱くなって来る私でした。


チリで軍事クーデターが起こり、時のアジェンデ大統領が亡くなったのが35年前の9月11日、チリの人々はもちろん、世界でも、「もう一つの9.11」として歴史に残る出来事です。

近々、ヴィクトル・ハラのCDが届きます。
楽しみです。

「チリ旅日記」
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/7374/

チリに関する資料 : ウィキペディアのページは<こちら>



  おしらせ
今週は、木曜日・カネリプッラ、土曜日・クリングラです。

数字で見る格差、世界の状況

以前「世界がもし100人の村だったら」という本を、出版されたばかりの頃読んだことがありました。
以来ずっと、この世界の状況のことが頭を離れたことはありません。
だからと言って、直接何が出来るというわけではありませんが、最近、やっぱりただ見過ごしているわけには行かない、世界のこの状況の果てに何があるのか、考えざるを得ない私です。

例えば、「世界の富」の60%をアメリカという国が保有していて、そのアメリカの中では、20%の富裕層の人たちが80%を保有しているなどという数字を見て分かることは、この20%の人たちだけで世界の富の約半分を独占しているということです。
世界の人口に照らすと、1%にも足りない数の人です。
世界を100人の村に例えたのでは出て来ないほどの数です。
別な統計では、世界を10人の集団に例えると、たった一人が99%の富を独り占めしており、1%を残りの9人で分け合っている状況だとか。

この富の偏在には多くの問題が関わっていることは確かですが、豊かな国と言われる国の中にも最貧困層の人々が存在し、また貧困国の中にも想像も出来ないようなお金持ちがいたりする状況が、何を物語っているのか、今一度よく考えてなくてはならないと思います。

そんなことを思っていろいろ検索していたら、
動画で見る「世界がもし100人の村だったら」というのを見つけました。
大変分かりやすくてインパクトのあるこの情報に、多くの方々に改めて触れていただきたいと思います。
http://www.oasisjapan.org/main/modules/pico/index.php?content_id=4
そして、こんな情報も。
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2006/12/post_47b5.html


私たちの未来に何が訪れるのか、それを占うためにも・・・。

人為農法

自然農法を実践している方から、どんなお言葉をちょうだいするか分かりませんが、うちの畑は言ってみれば「人為農法」です。
草は取るし、耕すし、肥料もくれるし、畝も立てます。
苗作りもやるし、定植、土寄せ、芽かきと、必要と思うところにはいくらでも手をかけます。
大型機械や農薬、化学肥料は遠慮していますが、手をかけること自体は否定しません。
狭い畑だし、家庭菜園なのですから、用に足りるだけの収穫が先ず第一の目的です。
いきなりすっ飛ばした言い方で誤解を招くかも知れませんが、自然の営みが人が関わることによって、より豊かになるということはあり得ると思っています。
あの豊かなフィンランドの森林が、すべて人の手が入った森であることや、アマゾンの奥地の原住民が焼畑をしている土地が、まわりの手付かずの場所よりも生態系が豊かであること、それらは人もまた自然の営みの中で果せる役割があることを示していると思います。
小さな畑で必要なだけの食べ物をいただいて、その代わりに何かが出来るはずだと、それを分かるためにはとにかく土に触って関わることしかないと、だから手をかけています。
大根や白菜の双葉の、何と可愛くて感動的なこと!
見て、触って、育んで、そしていただく。
人為が災いとならない道は、必ず存在すると思っています。


 

大根の芽が出ました。



ここに白菜を植えます。



白菜の芽が出ました。


  「ドコノモリ」へお出かけください。
連れ合いのブログに、新しい作品がアップされました。


入口は<こちら>



包丁の刃研ぎ

今夜はこれから、包丁の刃研ぎをやろうかなと思って、砥石を水に漬けたところです。
夜な夜な、ズイズイと包丁を研ぐのは山姥ですが、私のはそんな恐ろしいのじゃありません。

夕食の時、味噌汁にネギが入っていなかったので刻もうとしたら、買ったばかりなのにもう切れ味が落ちている菜っ切り包丁に、ついイラッと来てしまい、研がずにいられなくなっただけのこと。
あともう一本、いつの間にか錆が出かけていた柳刃に気がついて焦りました。
食工房で使う包丁は、いつでもビカビカ、スパスパに研ぎ上げていますが、台所の方は、忙しいとつい後回しになって、いつの間にか錆が回ってガッカリということが少なくないのです。
いっそのことステンレスにしておけばいいかと思ったこともあるのですが、やっぱり繊細な切れ味の鋼の和包丁の方が好みです。
研ぐのも楽ですし。
単純な私は、包丁の切れ味が良くなったら、次は料理をしたくなるはずです。

明日は定休日だし、何かやるでしょう・・・、きっと。

去年と今年と

一年前今頃の記事を読み返していたら、夏バテしそうだったことに触れていました。
そうでした。去年の夏は、風邪を引いて体調を崩して、結構大変でした。
今年は、全然状況が違うと言えば違うのですが、むしろ仕事量は多かったくらいで、決して楽に過ごしたわけではありません。
でも何が良かったのか、今年は去年みたいな不調は感じないで過ぎました。
いろいろ一歩手前の体のサインというのは、時々ありましたけど。
そして、ここ数日の急激な気温の低下で過ごしやすくなって、今度はすごく食欲が旺盛になっていることに気がつきました。
やっぱり人間の体もまた、自然界の動きには敏感に反応するものなのだなぁと、当然のこととは言え改めて感心させられています。
ここで大切なのは、その食欲に任せて何を飲み食いするかでしょうね。
これからやって来る、寒い季節に備えたいと思っています。

その食欲とは別の体のサインもいろいろ出て来ています。
目じりが痒くなったり、耳と鼻の間の空気の通りが悪くなったり、肩が張ったり、日常的にマークしている症状がいくつか出ています。
自分に特有な体の反応をよく覚えて、細かく自覚して対応していると、大きく健康を損なわないで済むのじゃないかと、いつもそう思ってきましたが、しだいに確信を深めつつあります。
問題は、忙しさの中でそれらを見落としてしまったり、習慣化して不感症になってしまったりすることです。
それが一番恐ろしいことかも知れません。

それにしても大切なのは、毎日毎日の食事です。
何しろ、私たちの体をつくる材料、そして行動のエネルギー源ですからね。
「何喰ったって一緒」ということは、絶対にありません。
まだ勉強の途中ですが、その辺りのこと、少しは皆さんのご質問にも答えられることがあるかも知れません。
機会があれば、どうぞご遠慮なくお尋ねを。

いただきもの from 大内果樹園



この時期一番はじめに出てくるのが「幸水」、ただいま出荷中です。




農園主 大内孝さん 奥様が激写!


私たちが福島県に引っ越して来て、阿武隈山中で山暮らしを始めた頃からお付き合いしている大内孝さん、ずっと毎年毎年、おいしい梨やりんごをご馳走になって来ました。
私が知り合う以前からすでに、有機栽培、減農薬に取り組み続けていて、もう何年になるのでしょうか。
その成果が、味に出ていることは言うまでもありません。
やはりこれは、皆さんにも紹介しないわけには行きません。
というわけで、同封されていたチラシをスキャナー撮りしたものを、アップしておきます。
現在のところ、大内さんの方にホームページがありませんので、お電話またはファックスでお問合せしてください。




画像をクリックしてください。 



  食工房からおしらせ
明日(8月23日)より、平常営業いたします。
午後には、パンが焼き上がっています。
「夏こそパンだキャンペーン」今月いっぱいで終了になります。
ポイントカードの点数が沢山たまっている方、ちよっとご確認ください。
無料コーヒー券獲得の条件を満たしているかも知れませんよ。

貴重な木曜日

いつもはパン焼きで忙しい木曜日ですが、今週は夏季休業をいただいていますので、今日は至ってのんびりと過ごしています。
こんなことは一年の間に、この夏のお休みと年末年始のお休みと、あと一つ毎年私が郷里の高知に帰省する時の計三回です。
今回の夏のお休みは、一日目はとにかくボーっとして何もせずに過ごしました。
二日目は畑で草取りをと予定していましたが、ひどい雨で中止。
家の中で体操をしてから、本を読んだりインターネットで調べ物をしたり。
やっと昨日になって、一日中畑で草取りをしながら、残っていたジャガイモを掘ったりトウモロコシを片付けたりして、秋野菜の種蒔きの準備をしました。
食工房の仕事のように細かく神経を集中する必要も無く、大らかに体だけ動かしていればいい畑仕事は、とても気持ち良く健康的です。
体力と健康の維持のためにも、こういう時間を大切にしたいと思うことしきりでした。
今日も畑をやりたいと思っていましたが、朝から雨模様で残念無念!
明日はもう、食工房の準備仕事が始まります。
正味四日間休みましたが、何だかあっという間でした。

ところで、どんな職業にも大なり小なり、体に対して偏った負担をかける局面があって、職業病と言われる疾患に否応なく悩まされることが少なくありません。
しかも長年の習慣で、そのストレスに鈍感になってしまうので、大きく健康を損なうまで気が付かないことが多いのですね。
私の場合は、もう何度か申し上げていますが、運動不足を如何にして解消するか、その時間を作ることが何にも増して重要な課題です。
私は、食工房の仕事はとてもいい仕事だと思っていますし、プライドを持ってやっていますが、ずっと続けて行くためには、体力維持と健康管理が何より欠かせないのですね。
直接仕事に結びつかなくても、ランニングやトレーニングをしたり、畑で汗を流したりする時間が、何としても必要です。
四日間のお休みの間に、ことさらそれを実感する私でした。

さあ、明日からまた頑張ります!

  おしらせ
今週は、明後日土曜日のパン焼きからスタートです。
定番のパンとカネリプッラ(シナモンロール)を焼きます。
旅の口糧パンも、定番化すべくさらに試作を重ねます。
ご来店、お待ちいたしております。

思い出話し・その1


この写真に写っているもの、お分かりになると思います。
もうかれこれ14年位も前、四男が9歳の頃に作ったものです。
何度見ても、思わず微笑んでしまいます。
直径が5円玉くらいでしょうか。
こんなものを、次から次へといくつも作って遊んでいました。
このヤカンは、後に妹たちが作った人形たちの家の道具の一つになり、今でもちゃんとして残っています。
ミニチュア作りは、子ども達が、中でも特に好き好んでやった遊びで、いくつか面白い話があるのです。

その一つ、バタと呼ばれる製材所で出る端材の薄板を使って、実物大の包丁を作るのに熱中してしていた時のことです。
男の子たち4人は、菜っ切り、出刃、牛刀、ぺティナイフ、そば切り包丁に至るまで、本当にリアルな木の包丁を何十本もこしらえて、刃物屋ごっこをしていました。
それもやがて、やるだけやって満足したのか、惜しげもなく大方風呂焚きにしてしまいました。
一本だけ、牛刀の形をしたのを捨てないで取っておいたのがあったのですが、ある時、客人が来て歓談している最中、何となく手持ち無沙汰にその包丁をもてあそんでいて、(客人には、ランプの灯りの下で見えていなかったのです。)それから何の考えもなく私は、子ども達に用事を言いつけざま、それを振りかざして合図を送ったのです。
包丁はすぐに手元に置いたのですが、一瞬それを本物の包丁と見間違えた客人は、顔色を変えて「青木さん!今の何だった?」と恐る恐る尋ねるので、そこでハッと私も気がついて、それを見せて差し上げて大笑いになったという顛末。

本当はその包丁の写真があれば良かったのですが、
写真、
撮ってませんでした。
肝心の包丁も、どこかに仕舞い込んであるらしいので、また別な機会に・・・。
ミニチュアの話しは、まだまだ尽きないのです。