月別アーカイブ: 2007年9月

つくりだめしています。

この夏は、品切れの連発でお客様をがっかりさせてしまいましたので、反省しまして、製造業の原点、初心に帰って、毎日品物づくりに励んでいます。
暑い暑いと言いながらも先が見えて来たようで、間もなく涼しくなるはずですから、クッキー類などは思い切って沢山つくりだめしています。
駅カフェさんでも、スコーン、マフィン、ケーキなどが好評で、このところ毎週納品していますので、スケジュールはかなりハードです。
前日仕込みで2日がかりで造るものが、全体の半分以上ですので、よく考えて段取りしないと注文に間に合わなくなります。
そしてわざわざ手間暇のかかることをやっていますので、ちょっとまとまった注文が入るとすぐに限界に達し、一時それだけにかかりきりになったりします。
同じ時間かけるのなら、もっと能率を上げるやり方もあるのかも知れませんが、とりあえず納得のいかない仕事はしないことにしています。
そんなわけですから、涼しくなってつくりだめが利くようになるなるのは、何よりありがたいことです。
これから先は、パン屋にはありがたい季節です。


 休暇をいただきます。(ただし、店は開けています。)
私、明日から四国の実家へ出かけて来ます。
年々弱って行く母を見舞いに行って来ます。
いつも、今年が最後だと言いながら、案外元気で長生きしてくれていますが、かと言ってやっぱり、今年もこれが最後になるかもと思いながら帰ってくることでしょう。
そんなわけで、明日から10日間、このブログをお休みします。
実家にはネット環境はありませんし、私は携帯も持っていないし、ネットカフェに出入りする気にもなりませんので、また「脱ネット休暇」です。

その間も食工房は、在庫品を並べて営業しております。
ご来店いただければ幸いです。

マイブログ中間報告 vol.4

3月下旬からこのブログを書き始めて、間もなく半年になります。
8月に5日間お休みした以外は、毎日更新してきました。

さて、どこで誰が見ているか分からないのがブログですね。
公開しているということは、インターネットの場合は世界中に、ということですからね。
これはちょっと考えても、歴史上今までに無かったコミュニケーションなわけです。
もちろん公開したからといって、すぐに世界中の人が知るというわけではありませんが、どこにいる人とでも、情報を共有したり、連絡を取り合ったり、新しい仲間を増やしたり出来るということは、いろいろな可能性を生みます。
当然、功罪両面あるわけですが、それは使う人の側に預けられた問題ですね。
インターネットそのものに善悪は無いはずです。
ところで、私のブログに対するスタンスは、公衆の面前で私見を述べるということです。
誰でも、他人に知らせたい情報を持つということはあると思います。
それが善良な目的に適うならなおさらですね。
自由闊達に意見が公開され交換されることは、人と人の相互理解につながると思いますし、私は、ブログにそれを期待しています。
ちょっと大上段になってしまいますが、世論の喚起とか、世界平和に貢献するとか、そういった事柄に自分なりの役割が果せたらいいなと思っています。
真面目すぎて面白くないかどうか、それはこの先、長くお付き合いいただければ分かります。

それでちょっと気が早いのですが、この調子で行くと30000ヒットもそれほど先の事ではなさそうです。
30000ヒットの記念品を、そろそろ考えておきます。
前後賞つきです。

モノとお金

娘たちの手仕事でも、私のパン造りでも、その他私が知っているモノづくりの作家の方々でも、自分の手でモノをつくっている人間がいつも悩むのは、そのモノにいくらの値段を付けるかということです。
私は、手仕事は打ち込めば打ち込むほど、お金と交換することに馴染まなくなるものだと思っています。
正当な報酬というものがあるのだとしたら、それはどうやって決まるのか、決めたらよいのか、正直私には今一つ分かりません。
持続可能なとか、相場に見合った賃金を得られるということを根拠にするなら、食工房の仕事はすでに失格です。
多分、他の製造業でも、程度の差はあっても似たような事情だろうと思います。
多くの製造業で、後継者が育っていない現状は、それを物語っていると思います。
ところで「門前の小僧、習わぬ経を読む。」という諺がありますが、モノづくりの技は体で覚えるしかないものであり、時間をかけた訓練、修行が必要です。
世襲や徒弟制度は、重要な意味があったわけです。
しかしこの時代、たいていの場合において、家業を継ぐ子弟はいないどころか、親の方で継がせない選択をしていることさえ稀ではありません。
そして一方では、そんな事情に無関係でその世界のことにも全くの素人の若者が、職人の仕事に憧れ自ら志願して入門してくるという現象もあるわけです。
本当に皮肉なことです。
それはさておき、私も中途志願で素人上がりのパン屋ですから、いつも自分の労働の代価をパンの値段に乗せることに躊躇がつきまといます。
本当はそんなことではダメだと思うのですが、自分で決めろと言われると、どうしても引いてしまいます。
また、自分ならその値段で買えるかということも、考えてしまいます。
まあそれでも、三度のご飯が食べられれば、十分成功と言わなければなりません。
あとは何が出来なくても、自分で選んだ道ですから仕方がないと思っています。
はっきり申し上げて、その道に長くいた人たちが希望を捨てた仕事を拾って上手く行くかどうかは、よほど難しいと言わなければなりません。
意欲だけではどうにもならない現実があります。
職人志願、そして農業志願もそうですが、一番大事なことは、その仕事が掛け値なしに好きだということでしょうね。
あとはそこに、崇高な理念があればさらに強い力になるのだと思っています。




追記 計らずも、私の知人のブログの昨日の記事とシンクロしていましたのでご紹介します。 <bakubaku
    

ムカデ

今朝目が覚めて起き上がると、背後で「パタッ」と畳の上に何かが落ちる音がしました。
「ムカデ!」と思って振り返ると、12~13cmくらいのヤツがいて、突然身を隠す場所のないところに落下したものですから、右往左往しています。
と、やにわに布団に向かって突進して来たので、あわてて布団をずらし、武器になるものを探しました。
気の利いたものは何も無く、空のCDケースが目に入りましたので、それを手にムカデを潰しにかかりました。
けっこう手こずりましたが、何とかやっつけてゴミ入れに放り込みました。
ムカデは、毒虫の中ではなかなか強力で、大人はともかく子どもでは命に関わることもあります。
彼らは、梅雨が始まる前に床下から這い出して天井裏へと移動し、卵をかえして一夏過ぎるとまた床下へと戻って行きます。
たいていは外壁と内壁の間を移動しているのですが、時々部屋の中に紛れ込んで来るヤツがいるわけです。
そして気づかないうちに、布団の間とか衣類の間にもぐり込んでいることがあるので、始末が悪いのです。
我が家でも、息子の一人がムカデに刺されたことがあります。
ここの集落の人にも聞きましたが、夜中に顔の上をムカデが這って行ったなんてことが、ちょいちょいあったそうです。
田舎は、空気も水もきれいだし、古民家住まいは田舎暮らしの醍醐味ですが、たまにはこんな危険もひそんでいるのですね。
それでムカデで思い出したのですが、生きたムカデを油に漬けておくと、火傷をはじめ何にでも効く傷薬になるそうです。
もうずい分前のことですが、茨城の友人宅でムカデが出て、友人は常々その傷薬を作ろうと思っていたので、「油!油!」と叫ぶや、生け捕りにかかりました。
居合わせた友人たちも合せて、大の男4人で大捕り物になりました。
奥さんは、小さい子ども達を隣の部屋に移すと、台所からジャムの空きビン
に油を満たして駆け戻って来ました。
本当は胡麻油がいいのだそうですが、この時は無かったので菜種の一番絞り油でした。
棒切れで潰さない程度に押さえつけて、薪ストーブ用の火バサミで挟んだまでは良かったのですが、そう易々とビンの中に入ってくれるわけはなし、あちこち油を撒き散らしながら悪戦苦闘して、最後はワリバシで掴んでビンの中に押し込み、スカさずフタをして一件落着となりました。
3ヶ月くらい後で再訪の折、見せてもらったら、少し黒ずんだ色になっていて、中に油でふやけて少し大きくなったように見えるムカデが沈んでいて、ちょっと気持が悪かったです。
でも、友人は「すごく効くんだよ!」と言っていました。

Sisters’ Small World / 娘たちの手仕事





我が家の娘たちが、小さい頃からずっと続けている手仕事があります。
針と糸と布切れさえあれば出来る、素敵な手仕事です。
上の娘は、8歳の時にクリスマスのプレゼントで針箱が手に入り、以来ずっと針を持ち続けています。
この子は、もっとずっと小さい時、かあさんが針と糸で何でも作ったり直したりするのを、横に座ってじっと見ていました。
後で聞いたのですが、その頃から、縫い物がしたいと思っていたそうです。
願いが叶って針と糸を持ち、先ずやったのはお人形さんたちの洋服作りでした。
本当に自分や家族が着るものを作る前の練習だと思っていたそうです。
そんなお姉ちゃんのすることを見ていた下の娘は、もう5歳にならないころから針を持ちたくて仕方がありませんでした。
でも、ちょっと危ないので我慢させていましたが、6歳の時にお姉ちゃんに手ほどきしてもらって解禁となりました。
それからは二人で、縫い物だけでなく編み物も始め、パッチワークキルトや刺繍へと、どんどん楽しみを広げました。
お人形さんたちの持ち物などもいろいろ作るうちに、素敵な小物が沢山出来るようになりました。
そしてついに作品が、我が家に訪ねて来るお客様たちの目に留まり、売って欲しい、もっと作って欲しいとご要望をいただいてしまいました。
昨年あたりから、試しに販売したところ好評で、今年はグループ展に誘っていただくという幸運に恵まれました。
この秋11月下旬の計画です。
(詳細は、改めてお知らせいたします。)




ところで上の娘は、最近ミシンも習いましたが、手縫いの速さでものごとが進む気持にこだわって、手縫いを続けています。

フレンチロースト

今日は、二人のお客様からのご注文で、フレンチローストとフルシティーローストを焙煎しました。
お二人とも、山暮らしをしていた頃からの長いおつきあいです。
お一人は、何度もあの山の中まで遊びに来てくださいましたし、もうお一人も毎月毎月、ご自分が関わっている会の通信を送ってくださいます。
個人商売は、お金と物のやりとりの他にも行き交うものがあって、そちらの方が大事と思えることが多いですね。
さて、フレンチローストもフルシティーローストも、焙煎度では少しの違いなのですが、質的にはずい分違います。
焙煎のノウハウで言うと、最高到達温度と持続時間が大きく違います。
これによりフレンチローストは、表面に油がにじみ出して光沢を帯びた外観になり、ロースト香の中に独特の異臭(※)が混ざります。
炒り上がりの頃になると、猛烈な煙で息が詰まります。
ミディアムローストなんかとはえらい違いです。
こんなに真っ黒になるまで炒って、ほとんど炭じゃないかと思いますが、抽出して飲んでみるとちゃんと味わいがあって驚きます。
それから、コーヒー豆には微量ですがタンパク質成分が含まれていて、フレンチローストくらいの焙煎度になると、※それが焼かれて肉や魚が焦げた時の臭いに似た異臭が混ざります。
そんなに嫌な臭いではありませんが、良い香りかというと、ちょっと微妙です。
でも、コーヒーにして飲む時には、全く気になりません。
それよりも、ミルクやクリームとすごく相性が良いので、ウィンナーコーヒーやカフェ・オ・レ、あるいはカフェ・ラ・テなどの魅力的な飲み方が楽しめます。




 カフェ・オ・レカップのお話し
カフェ・オ・レとは、フランス語で「コーヒーと牛乳」という意味です。
何の変哲もないそのものズバリの名前ですが、日本人の私たちには、コーヒー牛乳とは違う何かとてもシャレた飲み物だと思えるから不思議です。
ところで以前、私の友人の奥さまが本式のカフェ・オ・レの器が欲しくて、それも形や絵柄に特別なこだわりがある一品を、探しに探してやっとのことで手に入れたということがありました。
それまでカフェ・オ・レカップを、見たことも聞いたこともなかった私は、まず初めにその大きさと、とっ手がないことに驚きましたね。
そして、「これって、丼じゃない?」と思ったものです。
説明を聞くうちに分かったのですが、これに熱いカフェ・オ・レを並々と満たし、焼きたてのフランスパンをちぎって浸して口に入れるのだそうです。
つまりカフェ・オ・レは、スープの代わりなんですね。
だから器も、中のものが冷めにくいように、肉厚でどっしり重さのある容量の大きなものになっているわけです。
とっ手は、付いている意味がないから付いていないだけなのですね。
ちなみにその時、彼女は朝食に、大好きなバターつきパン(自分で焼いた天然酵母パンでした。)を、ちぎって二つ折りしてカフェ・オ・レに浸して食べるのだと言っていました。

続2・セルフヒーリング

今日は定休日ですので、自分自身のメンテナンスをしようと思い、ゆっくり休むことにしました。
このブログも休もうかと思いましたが、休息をテーマに書いてみようと思い立ち、デスクに向かっているところです。
昨日は気持ち良く歩いて、疲れて、早めに床についてグッスリ眠りましたが、今朝起きて動き出した時、ほんの少しの違いなんですが体が重いような気がしました。
昨日の疲れというよりも、これはここ数年間私が置かれている状況を反映した状態だと思いましたので、朝食の後まず河原に行って、石の上に座って過ごしました。
歩いて歩けなくはないのですが、爽快感がないので、帰って来てからちょっとの間横になっていました。
その後、用足しに車で出かけましたが、妙に気持が落ち着かなくてイライラしてしまい、帰って来るとどっと疲れていました。
ここでこのまま休もうか、少し体を動かそうか迷いましたので、自分の体に聴いてみました。
そうしたら、体は動きたがっているという感じがしましたので、散歩に出ることにしました。
ちょうど夕方で、暑さも引いて楽な条件でしたが、初めのうち足が重かったのでとにかく足が嫌がらないペースで、ゆっくりゆっくりと一歩ずつ地面に足がつく感触を確かめながら進みました。
時間はかかりましたが、結局4kmくらいは歩けたと思います。
最後の方は、少しペースも上がっていました。
この判断が良かったのか、首筋から肩にかけての重ったるい感じがとれて、ずい分楽になりました。
お腹も空いて、夕食が待ち遠しく感じられる時間をすごしているところです。

暑い一日、久しぶりのロングウォーク



ここ何日間か暑い日が続いています。
お彼岸も近いというのに、真夏に戻ったかのようです。
今日は先ず、思いがけないお客様の来訪で一日が始まりました。
連れ合いの大学時代の同級生が、33年ぶりに顔を見に、現在お住まいの新潟から訪ねて来てくださいました。
お話の中で、私たちが会津にいることを伝えてくれていたのは、もう一人別の同級生だったことも分かり、にぎやかに嬉しそうにおしゃべりする声が作業場の方まで聞こえていました。
歓談に花が咲いているところへ、次にご来店くださったのは、何と、喜多方の市街地からここ相川まで、山越えの道を二時間かけて歩いて来た方でした。
よりによってこんな暑い日に、もう見るからに汗だくでしたが、気持ち良さそうにも見えました。
この方、日常生活から車を廃してしまわれたそうで、いつもは交通機関を利用するか、歩くかだそうです。
食工房は、歩いて来れる範囲に入っているということなんでしょうか!?
帰りも同じ道を?と訊ねたら、ちょっと考えてから、今日は山都駅まで歩いて、列車で帰りますとのお返事。
この暑さでは無理もありません。
皆さんがお帰りになった後、私もオーブンの前でたっぷり汗をかきましたが、汗かきついでにもう一回思いっきり汗をかこうと思い、先日夏バテの後に重たい体を引きずって歩いた8kmのコースを、一回りして来ました。
おかげさまで今日は、先日に比べたらずっと軽く歩いて来られました。
帰り道、近所の高校生の男の子が、ランニングで追い抜いて行きましたが、後姿を見て正直羨ましかったですね。
本当に無理のないフォームで、気持ち良さそうに楽そうに駆けてゆくのです。
でも、私が歩いている気持良さも同じなんだと思うと、ずっと足取りも軽くなりました。
かくして、暑い一日もあと少しで終わりです。

パン屋志望の女性たち



ここ20年余の流れとして、女性がパン屋を開業する例が増えています。
私の知り合いでも、パン屋をやっている女性が沢山います。
そして最近でも、これからパン屋を始めたいと思っている女性に、次々と出会っています。
何故、女たちはそんなにパン屋になりたいと思うのでしょうね。
実際にパン屋に修行に入ったり、アルバイトしたりする中で、例えば25kgの粉袋を、「これを持ち上げられないようじゃパン屋はつとまらないよ!」などと厳しいことを言われても、大抵はめげるどころかかえってやる気を出して、後々本当にパン屋を開業してしまった女性たちがいっぱいいるのです。
そして、彼女たちの活躍と天然酵母パンの普及は、密接に関連していて、日本で天然酵母パンを広めたのは、こうしてパン屋を始めた女性たちだと言っても過言ではありません。
我が福島県の中で、私が知っている天然酵母のパンのお店は、只一軒を除いてあとは全部女性がやっています。
その他、郷里の高知県でも、市内や郡部のあちこちで、極めつけは私の生まれ故郷で、それも信じられないような山奥で、東京のル・ヴァンで修行した女性がパン屋をやっています。
そしてこうした女たちのパン屋は、いわゆる業界で修行した人もいれば、素人の独学で鍛え上げた人もいたりして、必ずしもパン屋業界の常識にはまらない奔放なやり方で経営していることが多いのですね。
かく言う私の食工房も、業界の中では変り種的パン屋です。
ところで、こうやって天然酵母パンのファンを増やして来た、我々の努力の成果のみを、大資本パンメーカーに乗っ取られてしまうなんてことがないとは言えませんね。
そうならないためには、単なる利潤追求のスタンスでは取り組めない質の高い仕事を、自分の喜びとしてやれる心がまえが何より大切と思います。
「パン屋は、街をたがやす百姓。」といった人がいるのですが、面白い言葉ですね。
たがやした後にまくのは、「健康」の種ですね。
食工房もそんな仕事をしたいと思って、毎日パンやお菓子を焼いています。

百姓百品、百の姓


以前、農家の友人に「農業と百姓は違うんだよ。」と言われたことがありました。
話を聞いてなるほどと思った私は、以来、人にもそう話しています。
農業は、田畑で作物を作って収入を得る、職業の一つという捉え方、百姓は、田畑で作物を作る他生活に必要なものごとは、ほとんど何でも自分で間に合わせる術を身に付けていて、それを実践している、言わば暮らし方、生き方のことを指しているのだというのですね。
ところで私が子どもの頃、まわりには沢山お百姓さんがいました。
今思い出してみても、本当に何でも出来る人たちでした。
田畑で米や野菜を作ることは言うに及ばず、みそ、しょうゆ造り、豆腐造り、漬け物など食品加工に始まり、山に入れば木の伐り出し、炭焼き、狩猟採取、家の内外ではわら細工、竹細工、家の修繕、道路の補修、機械や道具の手入れ等々、上げればキリがないほどいろいろなことをやっている風景が記憶に残っています。
家の普請も、大工に任せきりということはなく、棟上げなど大きな仕事は村人が多勢手を貸して、自分たちでやっていました。
ですから、物置や家畜小屋などは、自分で建ててしまう人がいくらでもいましたし、石垣の積み方でもコンクリートの打ち方でも、皆良く心得ていました。
「百姓百品、百の姓。」と言うそうで、「何でもやるのが百姓さ!」とその友人は言ったものです。
事実、彼は、自分の家を自分の手で建てましたね。
しかし、高度経済成長のかけ声を聞いてからというもの、お百姓さんたちは次々とお金をもらえる仕事に就くようになり、燃料革命で石油やガスが薪や炭に取って代わると、山で仕事をする人はいなくなってしまいました。
プラスチック製品が安く出回るようになると、わら細工や竹細工で作っていた日用品も廃れてしまいました。
そして今この時代というのは、そうやって何でも出来た人たちが、次々とこの世を去りつつある時なのですね。
私などは、側で見たり話に聞いて知ってはいても、自分でやったことはない世代です。
忘れてはならないのは、今こんなハイテクの時代になっても、技術の最先端の現場では、人の手の巧みさや勘が頼りということがいっぱいあって、その伝承が十分なされていないことに、産業界は危機感を持っているということです。
こうした人の手の巧みさや優れた勘も、元の元を辿れば、どれも百姓百品の中の一つ一つから発達していったものです。
田畑の仕事を単なる職業の一つと捉え、経済的側面の評価にばかりさらすことは、農業を滅ぼす道であり、それはひいては産業を衰退させる道でもあることに、私たちはどのくらい気がついているでしょうか。