このあたりでは今、ホウの花が次々と咲いています。
ホウの花は形が大きく、とても強い生命力を感じさせます。
そしてこの花が咲き始めると、あたり一面に甘く芳しい香りが漂います。
人里ではあまり良く分かりませんが、深山でこの花が咲いているところに行き当たると、それはもうただならぬ霊気が漂っているのが、私にははっきりと分かります。
以前住んでいた阿武隈の山中で、私はホウの花が咲く頃になると、とり憑かれたように毎日歩き回って、写真に撮れそうなつぼみを探したものです。
何しろ高い木の上に咲いているのですから、鳥にでもならない限り、咲いている姿をそのまま写真に撮るなど出来るわけがありません。
枝を切って下に降ろして撮るという人もいましたが、それでは絶対に写し取れない何かがあるのが私には分かるので、そんなことは出来ません。
この写真を撮った時は、たまたま低い枝が重みでしなって低くなっているところにつぼみが出来たのです。
雨上がりの午後、日差しにうながされるようにそのつぼみが開いたのを見て、私は何かも放り出してその木の下に駆けつけました。
カメラを持って高さが3メートルほどの脚立の上に乗ると、ちょうど目の前に満開のホウの花があり、一面に甘い香りが立ち込めて鼻を突き、頭がクラクラしてこの世から連れ去られるのではないかと思ったほどです。
その時「さあ、私を撮りなさい。」という声が聞こえたような気がして我に返り、夢中でシャッターを切りました。
不思議にそよとも風は吹かず、花はピタリと止まったまま存分にシャッターチャンスを与えてくれました。
その翌年、さらに翌年と、シャッターチャンスを待ちましたが、こんなチャンスは一度で良いのだと悟らせるかのように、それきり二度と満足の行くホウの花の写真は撮ることが出来ませんでした。