月別アーカイブ: 2008年12月

2009年が、良い年でありますように・・・

この年末も、昨年と同じように過ごしています。
昨日、この屋敷内にあるお稲荷さまに御餅を差し上げて、そして今日はまた大雪です。
雪国のお正月らしい、と私が勝手に思っているだけかも知れませんが、とてもいい風情です。
家の中には、取り込んだ大根と白菜が沢山、じゃがいももかぼちゃも、そしてお餅。
パンも残っています。
雨露しのげる家があって、暖かい寝床があって、寒くない程度に着るものがあって、そして食べるものがあれば、これで十分。


たった今、そばを打って皆で食べました。
後片付けが終わったら、あとの何時間か、静かにこの一年のことをふり返ってみようと思っています。


来る2009年が、どなたにとっても良い年でありますよう祈念いたします。


この一年間のお付き合いに感謝!

やっと一息


 午前中、餅切りをして袋詰め。



 午後は、娘たちがパイを焼いていました。


 


昨日から年末のお休みに入っていますが、二日目の今日も終わりに近づいて、やっと一息という感じになりました。
明日には、ようやくエンジンが止まるかなと思っています。
こうやって次第にテンションが下がるにつれ、日頃いかに緊張感が高いかが見えて来ますね。
久しぶりに今日の夕食は、口に入れる度に、食べているという実感がこみ上げて来て幸せでした。
休息の大切さを改めて思います。
娘たちも、久しぶりに遊び心を発揮して、正月に誕生日を迎える兄のために、星型パイとアップルパイを焼いていました。



さてこの一年をふり返って、何が一番の幸せかと言えば、皆さまのご愛顧で食工房の仕事が順調に回って、無事に一年の終わりを迎えたことです。
いろいろと不安材料の渦巻く世の中で、とりあえずもこうして落ち着いていられることに、改めて特別の感謝を申し上げたいと思います。



いよいよ明日は大晦日、恒例のそば打ちで締めくくります。

昔とった杵柄


 



 


今日は、餅をつきました。
昨日までパン屋でしたが、商売変えをして?今日は餅屋です。
子どもの頃から餅も餅つきも大好きで、中学生の頃には杵を持たせてもらって、10臼も搗いて気勢を上げていました。


20年余り前のことになりますが、商売の一環で餅つきもやったことがあり、これはさすがに餅つき機でしたが、のしたり丸めたりはもうお手のものです。
最近は一年に一回きりの餅つきですが、手はちゃんと覚えています。


つい3年前までは、杵臼でやっていたのですが、息子たちが独立していなくなり、この季節にも戻らなかったりするので、今は餅つき機でやっています。
今日は、もち米15㎏、一斗餅をつきました。


どなたも杵つきの方がいいと言うのですが、餅つき機にも裏技があって、なかなかどうして杵つきに負けない口当たりを出せるのです。
とは言え、餅つき機だと、あまりにもあっさりと片付いてしまうので、人手さえあればにぎやかに杵臼でやりたいものですね。
餅つきは、昔からイベントでしたからね。


と言うわけで、お供えと餡ころ餅とのし餅が出来ました。
今日の夕食は、搗きたての餅を入れた汁をおかずに、売れ残りのパンを食べるという、多国籍メニューです。


そうそう、それで今日は29日でしたね。
人によっては、9は=苦に通ずると言って、この日には餅を搗いたりしない慣わしのようですが、私は29はフク=福と解釈しています。
それより何より、あまり気にしていません。
吉凶は、己の内より生じるものと受けとめています。


明日は、のしもちを切って袋に詰め、これも冬の間の保存食です。
あと二日で今年もおしまいです。

雪に対する思い・よそ者の会津考 vol.6

今頃の時期、会津の地元の方と話しをしていると、必ずと言って良いくらい耳にする台詞があります。
「雪なのいんねぇ!(雪などいらない!)」「雪さえなければなぁ・・・」、この他にも雪は嫌だという意味の台詞を、幾度となく耳にします。

確かに、確かに、あの雪が降り出す前に間に合うようにと、冬支度に気を揉む日々と、降って後は毎日の雪かたしの大変さのことを思うと、雪はいらないというのも偽らざる心境かと思えます。
でも一方では、「降らないと落ち着かない。」とか「根雪になってしまえば、落ち着くから・・・」と、それもまた本音のようです。

それでは、本当に雪を楽しみにしている人はいないのかなと思っていたら、やはりいたんですね。
昨日も、お客さまの一人は、毎年雪が降ってくるのがうれしくて、季節になると朝起きるのが楽しみだと言っていました。

まあこんな風に、雪国の人にとって雪は、いろいろな思いが交錯して、悩ましくまた楽しみなものであるようです。

では南国育ちの私が、雪に対してどんな心境かと言うと、5年居る間に少しずつ地元の方の心境に近づいて来ていますね。
大変だけど、いいなぁとも思います。

会津の冬の空は灰色に曇っていることが多いですが、雪に覆われた地上は、家の中まで意外に明るいのです。
この明るさがあるから、灰色の空にも嫌気がささないのかなと思っています。
もし、また太平洋側で暮らすようになったら、きっと雪のない冬景色にがっかりするに違いないと思いますね。

やっと、ここ3日前くらいから会津も本格的な降雪になり、もうすっかり銀世界になりました。

冬こそ会津へ!

改めて、お誘い申し上げます。

どうやら無事に・・・。

おかげさまで、どうやら無事に年末に辿り着けそうです。
一番ありがたかったのは皆さまのご愛顧ですが、もう一つは、12月に入ってから風邪を引かずに済んでいること・・・ですね。(まだあと4日ありますからね。)
本当は、今日で製造は終える予定でしたが、仕事が残って明日も目いっぱい、明後日まで引っ張りそうです。
そのあとは、餅つきだのそば打ちだの、年末恒例の家庭内イベントです。
おせち料理も、連れ合いが中心になって、私も娘たちも全員で造ります。
その前に、材料の買い出しにも出かけなくては・・・。
やっぱり最後まで忙しい年末です。
年賀状は、毎年お正月になってから書いています。
結局、先にいただいた方にお返事という形になっていますので、失礼の節はご容赦願います。
来年のことも考えようとしていますが、頭も体も、その前に一回休ませろ!と言っています。
どんなお正月になるでしょうか。
朝寝はまちがいなし!朝酒はいりません!朝湯・・・、いいかも・・・。
ゆっくりしたいです。
その前に、もう一山。


  おしらせ
明日予定していました、カフェクラブの集いは、現時点でお申し込みがありませんので、流会といたします。
その代わり、明日もコーヒー無料サービスやります。

この一年、ありがとうございました。




今日は朝から荒れ模様で、吹雪でした。
その中を、ポツリポツリと間をあけてご来店くださる方が続きました。
こんな日にこんな場所まで、本当にありがとうございました。
そしてこの一年、本当にお世話になりました。

明日は、年内最後のパン焼きになります。
食パン、ロールパンの他、カネリプッラとみのりのパンも焼きます。
お正月においしいパンを食べたい方、どうぞご来店ください。

天気予報では、どうやら明日も雪の模様です。
ポイント2倍になります。
そして急な思いつきですが、明日明後日最後の二日間、店頭にてコーヒー一杯無料サービスいたします。
皆さまのご来店、お待ちしています。

クリスマスの日に・・・

今日はクリスマス。
うれしいことが一つ、そしてちょっと哀しいことが一つありました。

うれしかったのは、娘たちが私と連れ合いのために一着ずつ、とても素敵なシャツとブラウスを縫ってプレゼントしてくれたこと。
思い出すのは、上の娘が8歳の時、サンタクロースからお針箱をもらって初めて針を持った時のことです

実は、最初に運針の手ほどきをしたのは、連れ合いではなく私でした。
もちろん、連れ合いは縫い物は達者でしたけど・・・。
それからというもの、お人形たちの洋服を何着も縫いながら、いずれ私と連れ合いの洋服を縫えるようになるための練習だと、うれしいことを言ってくれました。
あれから13年、妹も一緒に針を持つようになり、そしてとうとう今年は、本当に私たちの洋服を縫ってくれたというわけです。


哀しいこと・・・、それは今日、詩人のナナオサカキが亡くなったという知らせが伝わって来たこと。
ナナオのことを記憶に刻んでいる人は沢山いるに違いないと思いますが、私たちにもまた特別な記憶が刻まれています。

山暮らしをしていた頃、二度ほど彼の地をナナオが訪れて、私たちのところにも立ち寄りました。
私たち家族と食事を共にしながら、いかにもサンタクロースを思わせる風貌のナナオは、うちの子ども達に向かって「君たち、サンタクロースはねぇ、ボクの弟なんだよ。君たち、欲しいものがあったら何でも言ってごらん。伝えておくから・・・。」
「それでボクはねぇ、恐竜のお刺身を持って来てくれと、前から頼んでるんだけど、ちっとも持って来てくれないんだよ・・・。」と、表情たっぷりに語って私たちを笑わせたものです。
以来しばらくの間、子ども達はこんにゃくの刺身を食べる時、青海苔が入った緑色のを摘んで、「恐竜の刺身って、こんな感じかなァ・・・。」と笑い転げていました。
そう・・・、ナナオはユーモアの達人でした。

そして奇しくも亡くなったのは、12月23日天皇誕生日の朝だったそうです。
私には、12月23日、今後は同時にナナオサカキの命日として記憶に残ることになりました。

おいしいコーヒーのいれ方・後日談

12月3日のコーヒー通信に、「おいしいコーヒーの淹れ方・総集編」と題して、おいしいコーヒーのいれ方のノウハウを、あれこれご披露いたしました。
その後、お得意さまのお一人は、私の記事に沿っていろいろ気を使ったところ、コーヒーの味がそれまでとすっかり変わっておいしかったと、わざわざご連絡いただきました。
こうした例は、今までにも何度かあるのですが、お役に立ったことが分る度に改めてうれしい気持ちになります。

ところで先日、それでは私の他にもおいしいコーヒーの入れ方に触れた記事は沢山あるだろうと、ネット上を検索してみました。
いやいや、出て来るは出てくるは、皆さんそれぞれにこだわりの技をご披露なさっていました。
中には、動画で解説しているものもあり、まず情報に事欠くことはあり得ないと思った次第。

しかしです。
驚いたのは、私がまっ先にノートすべき項目として上げた、紙フィルターにお湯を通すことをしない例が大半だったこと。
もう一つは、抽出時間は量に関わりなく3分以内に終わらせること、そして最後の一滴まで落とさないこと、この一番重要なポイントを解説している例は、これまた少なかったことです。

一体何なんでしょうね。
私が知っている有名店でも、スマートな身のこなしとあざやかな手付きで、その場でコーヒーを入れてくれるのはいいのですが、紙フィルターに直にコーヒーを入れていました。

ネルのフィルターだったら、最初から濡れた状態のものを使うのに、紙フィルターは乾いたままでいいのかどうか、疑問に思わないのでしょうかね。
この紙フィルターにお湯を通すことは、製紙段階で使われた薬品の臭いを取り去ることの他に、もう一つすごく大切な意味があるのです。

それは、紙の繊維を膨らませ、且つ水を湛えることによって、抽出初期に速やかにブリッジング(架橋現象)を起こさせることにあります。
小難しい物理学的説明になってしまいますので、詳しいことは申し上げませんが、これによって濁りのない即ち雑味のないコーヒー液が得られるということです。

3分以内のセオリーは、もうすでに申し上げていますので省きますが、こんな風に多くの情報が核心に触れないのは何故だろうと、私は思うのです。
本当に知らないのか、あるいは知っていても何か理由があって出し惜しみしているのか、それとも異論を持っていらっしゃるか、この三つの中のどれかであることは間違いありませんね。

いずれにせよ、おいしいコーヒーが淹れられればいいことではあります。
たまたま比べる機会があれば、その時に結論が出るだけですね。


さてさて、今日はどなたもご存知、クリスマスイヴです。
北欧フィンランドでは、この日、深夜にお墓参りに出かける慣わしだそうです。
季節柄、外は真っ暗です。
そしてお墓にろうそくを灯して祈るのだそうです。
ちょうど日本のお盆の行事と同じような意味があるらしいです。
先祖の霊と会い見える大切な時、キリスト教伝来以前からあった冬至の行事が、クリスマスと結びついたのではないか、そんな説明がありました。

我が家は、家族で静かに、シュトレンを一切れ食べてお茶を飲んで、早めに寝ます。
明日は、パン焼きですから。

一年の疲れ

今日は定休日で、それも久しぶりに完全にオフ。
朝一旦暗いうちに目を覚ましましたが、何だか一年の疲れを感じて起き出す気になれず、9時まで寝てしまいました。
起きてみるといい天気で、雪の予報は大外れです。
それに何だか暖かいような気がして、いっそう気が緩みました。

そろそろ雪が降ってもおかしくない頃なんだけど・・・、とその瞬間に家の裏のお稲荷さまのことが頭に浮かびました。
そうだ!まだお掃除もお清めもしていなかったと気がつき、午前中に落ち葉をかき集めて周り掃除をしながら、火を焚いて煙を立てお清めの儀式をしました。
午後から予定があったので最後まで出来ませんでしたが、掃除だけは終わりました。
あとは、もう一回祠を掃除して、お餅をついてお供えすれば、今年一年のけじめが付きます。

やれやれと胸を撫で下ろして、午後からは、「ガイアシンフォニー・第6番」の上映を見に出かけました。
龍村監督の講演もあり、全部終わって帰る頃はもう暗くなっていました。
途中から雪が降り出したようで、やっぱりいいタイミングだったんだと、映画や監督のお話しの中でも何度も出て来た、「すべては響きあっている。」という感覚が自分の中にもあると分かってうれしかったです。
そしてまた私は、パンを焼くことは、この母なる地球の恵みである小麦を生命の養いに適うパンに変えて、食べてくださる方々に提供すること、そのために私は、自分の焼くパンに対してあくまでも誠実でなければならないと思いました。
今日の映画を見ていて、音楽を演奏することもパンを焼くことも、相通じるものがあることを感じました。

さあ、年末年始のお休みまであと5日、もう一山忙しい時を過ごします。

パンが主食のここ何日

先々週あたりに沢山売れ残ってしまったパンがまだあって、もったいないのでご飯を炊くのを止めて、パンを主食にしています。
元々パンが好きでパン屋を始めたのですし、食工房では食事用のパンが主流ですから、この際、どのくらい主食に堪えられるものか試してみようという気になっています。

例えば今日の夕食だと、トースト1枚にバター、堅焼き黒パンのスライスを5、6枚、それにいわしのつみれと白菜と大根のすまし汁、切り干し大根の煮物、塩茹で小豆、白菜の漬け物、それにりんご1/4個でした。

お昼は、堅焼き黒パンとプンパニッケルとみのりのパンを2、3切れずつ、いただきもののゴーダチーズ2切れ、ベーコンエッグと小豆かぼちゃ(小豆は塩茹で)、飲み物はミントティー、そしてみかん1個。
だいたいいつもこのくらいのボリュームです。

私の場合、白米より玄米、さらに玄米より黒パンの方がお通じも良いし、体の調子も良いような気がしています。
堅焼き黒パンとプンパニッケルで2、3日過ごすと、本当に爽快感が増して体の動きが軽くなり、肩こりがしていたのがすっかりほぐれていたり、ほとんどいいことずくめです。

それならパン食一本で行けば良いというわけなのですが、一方ではご飯も食べたいのですね。
白飯には全くこだわりませんが、お米の香りや食感は、やはり子どもの頃から親しんで来た食のルーツではあります。

これでもし、パン屋を止めたらどうだろうかと想像してみると、自家用にパンを焼くのはなかなか大変なことですから、米食になるのだと思いますが、それでもどうしてもパンが食べたくなって、多分おいしいパンを探すことになるでしょうね。
でも、パン屋を始めた動機を思い返すと、自分の好みに合ったパンがなかなか見つからないことがきっかけでしたかから、やっぱり止めるわけには行きませんね。

そんな私のパンを気に入ってくださる方々のご愛顧によって食工房の仕事が成り立ち、私も毎日こうしておいしいパンが食べられるというのは、本当に幸せなことだと感謝しています。