日別アーカイブ: 2007年4月17日

飯豊夜話 高野通信2号より



飯豊山が信仰の山であることは広く知られているが、地元の人々にとっては一段とその意義は大きい。
最近でこそ廃れてしまったようであるが、昔は、男子は十五歳になると白装束に身を固めて、先達に導かれながら飯豊山に登ったそうである。
無事、山頂の飯豊山神社に詣でて帰って来られれば、一人前の男として認められることになる大切な儀式であった。
このあたりのお年寄りにうかがうと、皆例外なく一度はこの山に登っている。
一方、昔はこの山は女人禁制で、女性が飯豊山に登るようになったのは近年になってからである。




さて先日のこと(※2004年7月)、念願叶って私も飯豊山中に足を踏み入れる機会をいただいた。
途中、クサリ場と呼ばれる断崖の難所が幾つかありそこを通りかかった際、案内役として同行してくれた知人が、足元に一枚の古銭を見つけて私に手渡した。
聞けばそれは、その昔、この難所を無事通り抜けて山頂まで往って帰って来られるようにと、願いを込めて奉納されたお賽銭であるとのこと。
後の世にたまたま通りかかった私たちに発見されたのも何かの縁かと思い、ポケットに忍ばせて持ち帰った。
往きに一枚、帰りにも一枚、二枚の古銭を持ち帰ったその日の夜半、不思議なことが起こっていた。
息子が、夜の間ずっと自分が寝ている部屋の階下の居間に、盛んに人が出入りする物音が聞こえて眠れなかったと言うのである。
そして、小銭を数える音もしていたと聞いて、私はすっかり納得してしまった。
聞くところによると、あの難所で不幸にも命を落とす人が、少なからずいたそうである。
往きの一枚は、往路難に遭い山頂まで辿り着けなかった人の、また帰りの一枚は山頂に詣でたものの、帰り道に難に遭い里に戻れなかった人の、それぞれの無念の思いをどうにかして欲しいとの現れであった。
今私は、その二枚を神棚に上げ、次にまた飯豊山を訪れる機会を待っている。
その時が来たら、二枚を携えて入山し懇ろに供養するつもりである。




illust by Machiko