月別アーカイブ: 2009年1月

仕事始め

今年の仕事始めは、コーヒー焙煎からということになりました。
明日の営業再開に備えて、酵母の調整や計量もするのですが、その前にコーヒー焙煎です。
昨日まで休んでいましたから、あの手のかかるジョアキン豆も、3人でたっぷり1時間かかって選別しました。
そうしたところへ、新潟のビオトープさんからブレンドのご注文をいただき、これで一気にテンションが上がりました。
昨日まで静かだった電話も、急ににぎやかになりました。

そんな中、初めての方からお電話をいただき、どうやらプレゼントに食工房のシュトレンを受け取って召し上がられたようで、とても美味しかったので今からでも注文可能かとのお問い合わせでした。
今シーズンはすでに終了し、すべて売り切れて在庫もないことをお伝えしたのですが、とても残念がられて、それでは他にどんなものを造っているのかとお尋ねなので、いろいろご案内申し上げました。
うちのような仕事をしている者にとって、こうした形で新しいご縁をいただけることは、願ってもない一番の理想的展開ですから、新年早々幸先の良いことだと喜んでいます。

食品に対する信頼が揺らぎ続ける昨今、この一年も昨年同様に、自分の造るモノに対する誠実さ、その一点に心血を注ぎたいと思っています。
皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。



今日は散歩に出た折、蕎麦畑の切り株が雪の上に飛び出している様子が妙に面白かったので、写真に撮ってみました。
今年は、今のところ雪が少なくて、いつもならこんな風景が見られるのは春先です。
会津も暖かい冬を過ごしています。

明日からお仕事

お店の休業は明日(7日)までですが、仕込みの仕事はすでに今夜から始まっています。
明日は、朝から一日再開に備えて作業開始です。

実は、お休みの間にホームページを大々的に改装しようと思っていましたが、とんでもなく大手間を食いそうなので、今回はあきらめました。
やっとのことで、「パンだより・39 初春号」を出すことが出来ました。
ホームページ上に公開していますので、ご覧いただければ幸いです。 <こちら>からご覧いただけます。

今日は、お休み最後の日ということで、連れ合いと一緒に日頃お世話になりっ放しの「駅カフェ」さんへ、ご挨拶を兼ねてお茶を飲みに行って来ました。
偶然にも、食工房のお客さまお二方に同時に出会い、同じ席でご一緒しました。
いつもながらクラシカルで洒落た雰囲気の店内は、行く度に写真を撮りたくなります。
今日はカメラを持っていたので、ちょっとお店の雰囲気が伝えられればと撮影してみました。
「駅カフェ」は今の季節、夏のような人出はなく、逆に静かに会津の雰囲気に浸りたいという熱心な会津ファンの方にとっては、一番いい時期だと思います。
そうですね・・・。列車で辿り着いて、駅カフェでお茶を飲む・・・、今思いつく一番のおすすめです。




実は、ここのガラス窓がとても素敵です。
<こちら>もご覧ください。

32年前に語られた「食糧危機」

食工房

古い雑誌からは、その時代の流行など貴重な情報が沢山得られて、とても興味深く面白いです。


食工房

質的貧困の問題にも触れた貴重な意見も・・・。

昨年末、おせち料理をこしらえていた時のことです。
毎年引っ張り出してくる料理本が一冊、「栄養と料理・1976年1月号」です。
私たちが結婚したばかりの頃に、連れ合いが買ったものです。

以来毎年、年末になると台所で開かれたこの本は、今では年期が入って紙の色がすっかり焼けて変わってしまっています。
我が家のおせち料理は、この本を参考にしながら我が家流の手加減を加えて造っています。

さて前置きが長くなってしまいましたが、実はこの本には、「気にかかる食糧危機・私たちの食生活はこれからどうなるか」という特別記事が掲載されているのです。
今までに何度も目に入っているはずなのですが、昨年末はその見出しが妙に気になり、久しぶりに読み返して見ました。

今から32年も前に取り上げられた食糧危機の話題がどんなものだったか、ここ2、3年注目されるようになって来た、世界的な食料不足とわが国の食料自給率の低さの問題に通じる指摘があったかどうか興味津々でした。

32年前というと、まだ先の大戦の戦中戦後の食糧難を体験して人たちが沢山いて、食べる物を粗末にするなという戒めは、世の中の常識として失われていなかったと思います。
そういう先人達の努力によって豊かになったと言われた時代に、早くも食糧危機を予見する意見があったにもかかわらず、今、深刻な食料問題を前にしている私達には、反省すべき点が沢山あると思います。

その記事の中では、日本の食糧自給率・カロリーベースが50%を割りそうだと指摘されているのです。
そして、国家間の食糧事情の格差のことも問題視しています。
アメリカや日本などの豊かな国の摂取カロリーと、アフリカなど貧困国の摂取カロリーに、どれほどの格差があるかということにも触れています。

さらにこの時代、遺伝子組み換え食品は全く現実のものではありませんでしたが、それでも何か、今までは食料ではなかったものを食料として実用化することも必要になって来るだろうと結論しているのです。

それから32年たった今、私たちが迎えている現状は、食料自給率・カロリーベース40%、穀物自給率27%、加えて世界的な食糧不足。
一体この間、私たちは何を目指してきたのでしょう・・・。

そして最近のニュースでは、野菜工場構想を国家が支援することが本決まりになるようです。
土の上で自然の計らいに依存して生産するのに比べて20倍の生産量があり、天候不良などのリスクもない確実な食糧生産が可能だと結論しています。

果たしてこういう発想なり道筋が正しいのか・・・?私にはとてもとても疑問です。
>私には、工場で生産された食料を食べる私たちと、巨大なゲージで管理飼育されている家畜の姿が重なります。

自然であること、自然の計らいから逸脱しないことの大切さは、時に先端的な科学技術の前に無力に見えますが、たとえ宗教と言われようと哲学と言われようと、最後には科学自身がそれを証明するに違いないと私は思っています。