今、世界は、鳥インフルエンザに神経質になっています。
ここ数年来、東南アジアに端を発した鳥インフルエンザが、いつ人から人へ感染する能力を獲得するか、その次第では大量の犠牲者が出ることになるかも知れないのですから、無理もありません。
つい先日は、青森の十和田湖畔で白鳥が鳥インフルエンザで死亡したことが確認されて、大騒ぎになったばかりです。
この数年間に、鳥インフルエンザに感染したか、感染の疑いがあるとして殺処分された鶏など家禽類の数は、一体どれほどになったのか、見当も付きません。
何百万羽か何千万羽か知りませんが、時間稼ぎにはなってもそれで完全に防御出来るとは思えません。
野生生物由来の感染症が、やがて人にも感染を広げて来ることは、防ぎようがないのじゃないかと思うのです。
感染症は、この地上に生きている生命である以上、避けて通れないリスクです。
野生生物であろうと、家畜であろうと、はたまた人であろうと、基本的に境はないのです。
もし、完全に防御しようとすれば、人は直接間接を問わず、自然界と接触を断つしかないでしょう。
もちろんそれでは、生きていくことは出来ませんね。
そして免疫は、どんな形であれ一旦感染しないことには獲得出来ないものなのですから、そこのところを我々はワクチンという手法を用いて、犠牲を減らそうとするわけです。
今にも、多くの犠牲者が出ることになるかも知れない状況に向かって、建設的な見解ではないかも知れませんが、どうも私は、最近になればなるほど、人類は、自然界との付き合い方を見失っているような気がしています。
こうした脅威は、一旦避けることが出来ても、その次にはもっと強力で恐ろしい脅威となって再来しそうな気がするのです。
でも一方で自然界は、必ずどこかにそうした脅威に対抗するための資源を、また対応するための生理的な仕組みを計らっているような気がします。
素人の頭で考えてもしょうがないことかも知れませんが、この数年間、このことが頭から離れません。