この写真を見て、懐かしんでくださる方が少なからずいると思います。
果たして誰が誰だか、分かるでしょうか・・・?
12日の夜に、まず千葉から二男一家、翌日には四男一家、さらに翌朝三男が次々と訪れて、全員集合となりました。
私たち夫婦二人、息子娘が6人、息子の嫁が2人、孫が5人、合計15名です。
皆、よく来てくれました。
ありがとう。
でも、楽しい時間はあっという間に終わってしまいます。
今日は早や一組帰り、夜また一人帰って行きました。
明日からはまた、いつもの日々です。
来年は、もう少しでも安心して帰って来られる場所になってるといいネ。
郡山へ
全村避難で役場の機能を郡山市に移している、件の川内村です。
昨日14日は、我が家の一番下の娘の成人式で、生まれ育った川内村から招待状が届いていましたので、私と二人で出かけて来ました。
今年のこの状況の下で、成人式を開催出来るかどうか、遠藤村長はギリギリまで悩んだそうですが、何と言っても子どもたちにとっては一生に一度のことですから、郡山に会場を用意して開催の決断をされたのでした。
在村時にはいろいろとお世話になり、親しくお付き合いもさせていただいた遠藤村長、私たちは専ら「ユウコウ・雄幸」さんと呼んでいましたが、久しぶりにお目にかかったそのお顔は、以前にも増して明るいオーラを漂わせていました。
その他、村の沢山の方々にもお目にかかり、旧交を温めることが出来ました。
そんな中、何人かの方に「青木さん、会津に行ってて良かったナ・・・。」と、今まさに困難に遭われている方々からこんなことを言われて、思わず泣けました。
何としても、この方々には故郷を取り戻して欲しい、そう思い祈らずにはいられない私です。
娘の成人を、我が事のように喜んでくれた、村長さん。ありがとう!
今日は、終戦の日でした。
「敗戦」とは言わず「終戦」ですべてが終わり・・・とは、私の父が残した文章の中の一節ですが、今の日本は、もう一回戦争に負けたみたいなもの、おまけにまだ内戦が続いているのと同じじゃないか、そんな風に思えて仕方がありません。
大げさですか・・・?
まあいいでしょう。
私だけの実感だったら、それはそれで結構なことです。
早く平穏な日々が訪れますように・・・。
今夜は、いつもにまして気持ちを込めて祈ります。