8月8日の記事「私たちが失ったもの・・・」<参照>の中で私は、「もうこの先ずっと一生の間、何に対しても心の底から喜ぶことは出来ないかも知れないとの思いがあります。」と申し上げました。
それはどういうことなのか、もう少し詳しくお話ししたいと思います。
この春のことですが、いつもなら山菜きのこなどが楽しみなこの季節、私も家族の者も、また伝え聞く限りの友人知人も、一切手を出しませんでした。
裏の杉林の中に伏せてあるほだ木には、シイタケがいつもにないほど沢山出ましたが、皆そのまま腐らせてしまいました。
こんな時の気持ち、お分かりになる方は沢山いらっしゃると思います。
花が咲いても、新緑がまぶしくても、その下に行って思いっきり深呼吸出来ないもどかしさ。
山の沢水を手ですくって口にすることも、もはやあり得ないことになってしまいました。
青空の下で、大きな笑顔のように咲いているヒマワリを見る時も、放射能のことが先ず頭の中に浮かぶ哀しさ。
今年は本当に、そこらじゅうでヒマワリが咲いています。
日常のこうした風景の一つ一つを、心の底から享受出来ない哀しさは、他の何を失うことよりも大きな哀しみだと私は思います。
俳句を詠むと言うある方は、「季語という季語がすべて汚染された・・・」と。
否、私の世代の者はまだいいのです。
子どもの頃からずっと味わって来た、そうした小さな喜びの記憶が沢山あるから・・・。
でも、これからの子どもたちはどうなるでしょう。
自然との交流、その喜び、日常にそうした情景を味わうことなく成長しなくてはならない子どもたちの心は、いったいどこに行ってしまうのでしょうか。
実は、先日焚き火宴会をやった時にも、私は線量計を持参していました。
そこらで集めた小枝を燃やして、小雨模様の寒さの中でちょうど心地良い熱を放ってくれる焚き火、その近くでは微妙に線量が上がっていました。
年配の私なんかが気にするほどの事ではありませんが、小さな子どもがいたら、やはり近寄らせなかったと思います。
私たちが失ったもの、その範囲の広さ奥の深さは、筆舌に尽くしがたいものがあると思う私です。