月別アーカイブ: 2010年3月

帰途へ


高知県長岡郡本山町新頃・白髪小学校跡
80余年前、今は亡き父が通った小学校。
昭和46年まで存続。
すごい山奥ですが、現在も数世帯の生活者がいます。


今回の高知滞在はお天気に恵まれず、またプライベートな用事も多かったので、ブログネタもあまりありません。
今日はこれから、帰り支度です。
最後に父の墓に参拝して来ます。
一番最初にと思っていて、結局一番最後になりました。
まあ、それはいいのです。

高知を離れて暮らすようになってから、かれこれ35年余り。
今では、福島が第二の故郷になりつつあります。
それで今回改めてはっきりと自覚させられたことが一つあります。
私のしゃべる言葉は、もはや帰郷しても本来の土佐弁とは、似ても似つかないしゃべり方になってしまっているということです。
そうかといって、会津弁はほとんど身についていないし、変にに標準語よりの怪しげな言葉遣いになってしまいます。

言葉と文化と庶民性はとても密接な関係にありますから、私みたいな人間が増えると日本の文化や庶民性に地域色がなくなって、全部混ざった灰色みたいになるんでしょうか。
マスコミとインターネットの影響で、どんどんそれが進んでいるような気もします。
もちろん功罪はいつも相半ばしているのですが、日本国内どころか世界規模で人類は混ぜ返されていると、ちよっと話しが大きくなりそうなところで止めにしておきます。

しばらくブログの更新が止まると思います。
何しろ、休暇の後始末が大変です。

この次は、会津から。

ちょっとミシシッピーまで・・・

高知はアメリカが近くていいです。
今日は、ちょっとミシシッピーまで行って来ました。
アハハ!
もう、お分かりになりますね。
<こちら>です。


さて、辿り着いたのは良かったのですが・・・。


 



知らないでいきなり来た人は、「ガーン・・・!」ですね。


でもご心配は無用。
昨日電話を入れておきました。
その時分かったのですが、藤島さんたち(お連れ合いと二人)は、しばらくイギリスに出かけていて、昨日帰り着いたばかりだったのです。
で、お店は今日までお休みというわけ。
しかし何とまあ、間のいいことでしょう。
まだ少し時差ボケも手伝ってか、ユルユルボーッで完全オフモードのミシシッピーで、営業中には味わえない時間を過ごして来ました。


 



何やら怪しげな置き物や絵などが、所狭しと置かれています。
藤島さんの作品も、そこここにあるのですが、どれだか分かるでしょうか?



実は鏡に映っているんです。
完全オフモードの、藤島晃一



何回来ても、未だに新しい発見がある店内。
店全体がアーティスト藤島晃一の作品の趣。


今回イギリスでは、友人たちのところを回ったりして、向こうのライヴハウスでライヴもやったとか。
あちらにもファンがいるらしいですね。


そして今回のもう一つの目的は、皿やカップ、ティーポットなどの小道具、その他雑貨を仕入れることだったそうで、総重量90kgもの荷物を日本に送ったというお話し。


すでに届いた皿やカップ、ティーポットなどを、見せてもらいました。
残念ながら、中は暗いし照明もないし、ストロボ当てたのでは、ぶち壊しの画像しか撮れないので、写真はあきらめました。


 



自慢げにカップを手にしているところをワンショット。
カップもいいんですけど、私にはこのキッチン自体も
アートだし、写りこんだ後ろの絵の方が気になります。


ご覧になりたい方は、どうぞミシシッピーへご来店を!
ご注文のメニューが乗って来ることでしょう。


 



このポットがよく出来ているというお話し。
フェルトの内貼りを施したステンレス製の外枠に
陶製のポットがぴったりとはまるようになっています。
注ぎ口の形状もよく出来ていて、この方向からは見えませんが、
縦に溝が切ってあり、しずくの切れが良いよう考えられています。


コーヒーとお茶をご馳走になりながら、とりとめのない歓談のうちに時間が過ぎて、お暇して来ました。


また今年の7月頃、東京方面にライヴツアーの予定があるそうで、今度はうちの自宅でもいいのでオフ会の雰囲気で
ライヴをやれないかとの提案です。
低料金で、気楽に一品持ち寄り宴会モードで、藤島さんのブルースとトークのライヴを企画してみようかな・・・、と思っているところです。

そうそうそれから、昨年の風街亭ライヴのCDを製作中です。
音源自体はもうとっくに出来ているのですが、ジャケットに手間取っています。
私が忙しくて、なかなか仕上げられないのです。
でも、近いうちにリリース予定です。


 



窓の向こうの建物、気になりませんか?
元縫製工場を丸ごと借りて、アトリエ兼ギャラリー
兼、卓球場にしているんですよ。
またいつかご紹介します。


 


さて、明日はまた母を連れて、親戚と祖父母の墓参りとその他所要です。
ブログの更新、途切れるかも知れません。

行って来ました、馬路村!

今朝は、昨日の雨から打って変わって、暖かい晴天となりました。
予定通り、馬路村へ。
実家のある高知市からだと、たっぷり2時間はかかる道のり。
妹と運転を交代しながら、ひたすら車を飛ばしました。
途中、太平洋を眺める海沿いの道では、車を止めて写真を撮りたい気持ちに駆られましたが、とにかく辿り着いてみないとあとで時間がなくなるかも知れないと、海岸の写真は帰り道に撮ることにして、先を急ぎました。



国道56号線から県道12号線へ左折
馬路村へ向かいます。
この路線、室戸を回らずに徳島方面へ行く近道?です。



高知県内どこの山村に行っても見られる、美しい石垣。
家も畑も田んぼも、すべて石垣を積んで造った棚地になっています。



似たようなロケーション、奥会津にもあったような・・・。
ただしこの鉄橋は鉄路ではありません。車道です。



山が迫る川沿いの道、材木を満載したトラックが下りて来ました。
このあたりは、魚梁瀬杉で有名な材木の産地です。



村の中心部の写真はこれだけです。すみません。
旧郵便局を利用した、地場産品直売所です。


海岸線から離れて山の方に曲がると、間もなく両脇に山並みが迫り、川沿いに縫うように馬路村への道が続いていました。
距離にすれば20km余りですが、その昔道路状況の悪い時代には、ずい分遠い道のりだったろうと思います。


それでも、高知県内の平均的な山村に比べて、特別山深いと言うわけではありません。
どちらかと言えば、私の生まれ故郷の土佐町の方が、場所によっては馬路村よりずっと山深いのです。


さて実際に訪れて見て、私にとってはあまりにも当たり前の、子どもの頃からよく見慣れた山村の風景に、正直肩透かしを喰らったような気がしました。
少なくとも私には、高知県の中では本当に何処にでもあるような変わり栄えしない山村にしか見えません。


その馬路村が、どうしてそんなに成功事例として注目されているのか、それはもう分かっていることなのですが、人つまり人材ということに尽きるのですね。
村長さん始め、村の中に状況を動かす力を持った人材が、少なくとも複数いたということなのです。
そしてそういう人材が育つ環境として、村の置かれた社会的な状況と経験があるわけです。
どうしても成功した部分だけに目が行きやすいのですが、「失敗した話しなら、いくらでもある。」というのが実際だったようで、そこからいかに学んで臨機応変に対応して来たか、そこに成功の鍵があったことは間違いありません。
大成功を収めた「ごっくん馬路村」も、同じ高知県内に後発の類似品が次々と名乗りを上げていて、先発の「ごっくん・・・」は確実に影響を受けているはずだと思うのですね。
当然のことながら、馬路村もそのことは考えている。
つまり考える人がいる、ということが重要なわけです。



これが「ごっくん馬路村」です。
今回、30本購入。
食工房ご来店者プレゼントに・・・。



高知県人なら誰でもなじみ深い「柚子しぼり」
我々は「ゆの酢」と呼んでおりました。
右側の小瓶は、私のお気に入り。
ゆずの皮入り七味唐辛子「ぱっと馬路村」


そしてもっと大切なことは、大成功して一番になることよりも、いかにその土地の人々が安心して幸せに暮らせるかということなのですね。
多分、馬路村の人々も初めはそのことだけを考えていたのだと思います。
そのために一生懸命やったことの何処が功を奏したのか、それが自己分析出来ているから、次々と面白いアイディアが出て来るのだと思います。


今後の馬路村の動向に、注目していたいと思います。



一番奥の集落魚梁瀬地区へ向かう途中から振り返ってながめたところ。
高知の山は、どこに行ってもこんな感じです。



これが西日本有数の、自然石と土で造られたロックフィル形式の魚梁瀬ダム
堰堤の高さは115メートルもあります。



ダム湖の先に遠く魚梁瀬地区を望みます。
今日は、時間の都合でここから引き返しました。
平家の落人伝説に満ち満ちた歴史ある場所です。

故郷の重さ

今日は雨模様、親戚の人二人にそれぞれ面会し、時間が過ぎました。
外に見えている高知ではなく、内側から見た高知の話しをいろいろと聞くことが出来ました。
そして改めて、故郷の重さを感じる私でした。


思えば若い頃、故郷高知を飛び出して以来、一所に長居することなく次々と生活の場を移して来た私、連れ合いも大都会の生まれで引っ越しが多い家庭でしたから・・・。
そして東北会津の地に辿り着いたものの、結局子ども達には故郷という名の拠り所はないのです。
風の人<参照>であるのはいいとしても、この私だけにはまだ故郷と呼べる場所があることが、申し訳ないようなとても微妙な気持ちになるのです。


長く定着する人ばかりでは、社会はやがて停滞するのが宿命ですから、動いて流れる人が役に立つ機会はいつでもあることは、もう分かっています。
子ども達には、それぞれの場所で人に喜ばれる仕事をして、周りに重宝がられる人になって欲しいと、身勝手と思いつつそう願うしかない私です。
 


やがて私が死んだ時、骨は一つは両親と一緒の墓に、あとは私が足跡を残して来た場所場所の、ここと覚えのある箇所にそっと散骨して来てもらおうと思っています。


ああ、個人的かつ湿っぽい話しになってしまいました・・・。 


明日は、妹と一緒に馬路村へドライブです。

旅の途中そして土佐へ


会津新宿線「夢街道会津号」・阿武隈サービスエリアにて


昨日会津を出発して今朝高知まで、東京経由で高速バス二便を乗り継いで、約20時間の旅でした。
会津と土佐(高知)、このものごとの両極に位置するような土地柄庶民性の二地域のお話しは追々ご披露するとして、先ずは毎度のことながら、高速バスの運転手さんの技能の高さに舌を巻くと言うお話しです。
とにかくスムーズ、そして速い!
最前列の席に座ったので、スピードメーターを覗こうかと思いましたが、両脇にうら若い女性がお座りでしたので、ちょっと見っともないという気がして止めました。
でも大体ですが、常時110km/h超くらいは出ていたようです。
何より、込み合っている車列の中に混ざって行って追い抜く時も、全然不安を感じさせないのは、要は動きがスムーズだからなんでしょうね。
数十人の乗客の命を預かって、予定の時刻に到着目指して臨機応変に大きな車体を走らせるのは、やはりプロフェショナルです。
今時、誰でも車の運転くらい出来るのが普通ですけど、職業ドライバーの、それもバスの運転手となると次元が違うような気がします。



プロの仕事場。
一度でいいから運転してみたい好奇心に駆られます。


 


さて、途中経由した東京で、またしても驚きと違和感とため息の連続の私でした。
ホームに突っ込んでくる電車のスピードの何と速いこと!
出発して行く時の、自動車に劣らぬ恐ろしいくらいの加速度。
この頃、線路への転落事故や飛び込み自殺が多いので、ホーム側にも柵と扉を設置する方向だとか・・・。


東京駅もそうですけど、都内のターミナル駅は、どこもいつ行っても工事中ですね。
ちょうど一年前にも訪れた東京駅、まだ終わらぬ工事が続いていました。
そして夜行バスの窓から眺める東京の街は、見渡す限りメタリックな輝きに満ち満ちていました。
無数の色取り取りの明かりと、奇抜さを競うかのような造形の群れは、東京全体がまるで遊園地のよう・・・。


でも、その後に現れた無数の高層アパート群の、規則正しい間隔で明かりの下に浮かんでいるドアの群れを見て、私が何をイメージしたか、それは言わないでおこうと思います。


 



ドリーム徳島・高知号・ダブルデッカー
3列フルリクライニングシートで快適
さすがに熟睡は出来ませんが、自分で運転する
ことを思えば、ずっーと楽な旅でした。


一夜明けて、高知の街に降り立った時、そこは漂ってくるものすべてが高知でした。
走り去ってゆくバスの後面に、早速一撃喰らってしまいました。
あの馬路村の広告です。
曰く「日本には、村が減少しすぎている。」
横には「ごっくん馬路村」のイラストが大描きしてありました。



やったね!これですよ!
明後日、馬路村に行ってきます。


さて高知の街の一番の特徴は?と言えば、路面電車だと私は思っています。
他所の街で次々と廃止される中、逆に使われなくなった車両を集め、遠い外国からもレトロな形の車両を購入して、街全体が路面電車ミュージアムです。
一時期減った利用客も、この頃は増えて来たみたいです。
レトロな電車に、ICカードで乗り降りする地元の人たちを見ていると、これだよなーと思うのですね。



8、9年前だったかな、初めて女性の運転士さんが登場して話題になりました。
今日また珍しく女性の運転士さんでした。テキパキとそして細やかなお仕事ぶり。



運転士さんのネームプレートの下には、イベント電車運行の案内ポスターが。
電車の写真も撮りに行かなくては・・・・。



当然と言えば当然!高知県出身の漫画家
やなせたかしさんのまんがもイラストされていました。



派手ですねぇ!いいですねぇ!
電車同士のすれ違いです。
右側の電車の行先は「ごめん」
左側電車は「いの(いぃの)」


南国の街の活力、まだまだ話は尽きません。

一日は24時間

誰にとっても同じく、一日は24時間。
こんなこと分かり切ってはいるのですが、この頃時間が過ぎるのが速くて、何をやっても間に合いません。
いろいろやり過ぎ?欲張り過ぎ?そんなつもりはありませんが、すべきこと、しなくてはならないことに次々と行き当って、どうにもなりません。
一日の過ごし方の積み重なりが、すなわち人生ですから、「お前さん、歩き方が間違ってるんだよ!」と言われると、少しは思い当たるところもありますので、返す言葉はありません。


忙しいのは構わないけど、もう少し他のことなら・・・と、少し愚痴っぽくなりそう、と言うところで、明日から高知へ出かけて頭を冷やして来ます。
毎日、早寝早起き、ジョギングと体操です。


食工房は、製造はお休みですが、店は開けております。